いつの間にかソフトモヒカンスタイルに…

 その1000円カット専門店は、細かいオーダーができないお店だった。たくさんのお客がひかえているので、一律でマニュアルを守って切る。つまり弟は、角刈り一択だ。弟のあだ名がわたしのなかで「大将」になった。

 母が元気に退院し、わたしは実家をはなれ、暗黒期は終わりを告げる。

 弟は、母が通っている美容室におこぼれで連れていってもらうなど、いわゆる「大人のオシャレ仲間入り期」がはじまる。

ADVERTISEMENT

 最終的に5年前からいまは、駅前にある夫婦経営の小さな美容室へ通っている。

 大角刈りも卒業し、弟の髪質を活かしたソフトモヒカンスタイルになった。

髪質を活かしたスタイルに(写真提供:岸田奈美さん)

「あの駅前の美容室、めっちゃせまくない? オカンの車いす、入られへんやん」

 わたしが聞くと、母は答えた。

「それがな、わたしは車に乗ったまま、彼を送り届けるだけでええねん。美容師さんが外に出てきてくれて、オーダーとか料金とかをわたしに教えてくれるんよ」

 美容室のドライブスルー化である。

 いや、正確には弟を店へ放りこんでいるので、スルーしているのは母だけだが。融通がきくのは本当にありがたい。それもこれも、弟がいいやつだからだ、とわたしは信じている。人間、いいやつでありたいものだ。

その後、さらなる驚きが…

 いまや弟はひとりで5000円をにぎりしめ、店に入り、髪型のオーダーを伝え、会計をして帰ってくるのだというから、おどろきだ。

 ちょっとずつ成長をしているのは知っていたが、まさか、弟がひとりで美容室に行ける日がくるなんて、想像したことがなかった。よくよく考えると、そんなに大層なことではないんだけど、いざ光景を目にするとびっくりする。

 ええやつの弟を歓迎してくれた、ええやつの美容師さんたちには、このすばらしいサプライズに心からのお礼を伝えたい。あまりにもびっくりしたので、実家に帰省したとき、弟にいろいろ質問してみた。

「いま、髪の毛切りに行くの、好き?」

「すき かっこいい」

「いくらで切ってもらってるん?」

「ごせんえん」

写真提供:岸田奈美さん

 そのとき、弟の手の形が明らかに「ゼニ」のポーズになっていた。大阪人がよくやるあれだ。そんなん、どこで覚えたんや。

 姉はふたたび、腰を抜かしそうになった。

最初から記事を読む 「ダウン症の弟は、字が書けないはずだった」24歳、知的障害のある弟が書いた“ぶかっこうな文字”が、ベストセラー本に収録されたワケ

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。