ひとりで美容室へ行けるようになった
ここ最近のことを例にあげると。
弟はあまいジュースやアイスばっかり飲んで食べていたはずなのに、この間一緒にスターバックスコーヒーへ行ったら、イングリッシュブレックファストティーを頼むようになっていたとき。
チェック柄のネルシャツの内側には、ちゃんと無地のTシャツを選んであわせて着ていたとき。
父が息をひきとった病院を車で通りかかると、「パパ、あっちで、元気かな」って空を見上げていったとき。
母がツイッター(現X)で、こんなことをつぶやいていた。
小学生のころからお世話になっている美容室へ、良太はひとりで行けるようになりました。うれしそうに帰ってくる良太はどんな楽しい時間を過ごしてきたんだろう。ちなみに、良太の髪型は漫画『宇宙兄弟』のキャラクター南波日々人の真似をしています。
ひとりで、美容室へ行けるようになった……だと……?
しかも、ひいきのキャラクターに似せるオーダーまでしている……?
母はなぜ、そんな大事件をLINEで娘に伝えるより先に、ツイッターで全世界に発信しているのだ。あわてて母に裏を取るため電話すると「前からひとりで行ってるから、知ってるんやと思ってた」とアッサリいわれた。実家をはなれるだけで、浦島太郎状態になるとは思わなかった。
散髪を嫌がってウナギイヌのように…
なぜわたしがこんなにびっくりしているのか、みなさんにもわかってもらうには、わが家の長い歴史から語らなければならない。弟の髪の毛は小学校低学年くらいまで、母が風呂場で切っていた。
感覚が過敏な弟は顔のまわりを触られることを、極端にきらった。「髪を切るから」といっても、もちろん意味なんてわからず、おびえてさけんでパニックになった。
「おまえはなんや、ウナギイヌか」
父が思わず口をすべらせるくらい、弟はウネウネと身体をよじり、意地でも逃げようとした。それを母がひざの上で、ゴリラのごとき腕力でとらえる。
死闘の末、弟はファニーなざんばらヘアーになり、グッタリするのだった。どうでもいいが、なぜウナギではなく、ウナギイヌだったのか。父はどこにイヌ要素を見いだしたのか。
その手段も弟の身体が大きくなると、次第に母がおさえきれず、使えなくなった。
どうしたものかと母が困り果てながら、神戸にあるダウン症の子どもたちが療育で集まる施設をおとずれると、同じ建物に当時はまだめずらしい子ども専用ヘアサロンがあった。ガラスの外から中をながめると、わんぱくそうな小さい子どもが、スーパーカーをも模したいすに座り、ひとり一台用意された液晶画面に映るアニメに夢中になりながら、髪の毛を切られていた。
