ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ワン・バトル・アフター・アナザー』が第98回アカデミー賞の作品賞に輝いた。12部門13ノミネートを果たし、作品賞のほか監督賞、助演男優賞、脚色賞、キャスティング賞、編集賞も受賞して最多6冠に輝いた本作について、映画好きとして長年交流のある二人が語り尽くす!「文學界」2025年12月号に掲載された対談を全文公開します。(全2回の1回目/後編を読む)
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王谷晶●作家。1981年生まれ。著書に小説『完璧じゃない、あたしたち』『他人屋のゆうれい』『父の回数』、エッセイ『40歳だけど大人になりたい』などがある。2025年『ババヤガの夜』の英訳で英国推理作家協会賞(ダガー賞)の翻訳部門を日本人として初めて受賞。
セメントTHING●福岡県出身・在住のライター。専門分野は映画、ボーイズラブ、欧米ポップミュージック、クィアカルチャーなど。
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セメント 王谷さんとは、十数年前にTwitterで相互フォローになってからのお付き合いです。それがきっかけで、映画好きの集まりで何度かご飯に行ったりして。最後にお会いしたのは、池袋でしたよね。
王谷 四川系中華のお店で、メチャメチャ辛かったのを覚えてます。コロナ前だったので、7年くらい経っていますね。でもセメントさんのポッドキャスト「木曜の夜から」を聴いてるので、そんなに長くお会いしてなかったという感じはしないかも。
セメント 私も王谷さんの作品はずっと追っていました。なので久しぶりに、また映画についてお話しできるのが嬉しいです。ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)の新作『ワン・バトル・アフター・アナザー』、どうご覧になりましたか。
王谷 まず最初に恥を忍んで言いますけど、私は原作のトマス・ピンチョンを一冊も読んでない人間です。PTAの映画はこれまでも見ていて、『マグノリア』は人生でトイレ我慢大会1位になった映画でしたが、今回これが2位になりました(笑)。前情報を全然入れず、予告も見ないで行ったんですが、後半は尿意も吹っ飛ぶぐらい面白かった。PTAはいま55歳ですが、この歳でど真ん中の娯楽でありながら、すごくひねくれたことをやっているというのが凄い。今のアメリカでこれをやらなきゃという熱さも伝わってきて、本当に面白かったです。
セメント 私もすごく面白かったです。初期の『ブギーナイツ』(97)や『マグノリア』(99)のハイテンションな感じと、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)以降のやたらと壮大でアメリカ史を探求し始める、ちょっとダウナーな感じがうまく混ざって、前期と後期の中間点のような作風になっている。しかも過去最大の予算がかかっていて、アクション娯楽大作なうえに作家性を貫いてここまで面白くできるんだということに、感心した。
この映画の着想元であるピンチョンの『ヴァインランド』は見た後に読んだんですけど、すごくうまい翻案がされていました。話の方向性や流れは違うのに、エッセンスだけ落とし込んでいる。「すごい。天才の仕事」だと、感心させられるばかりでした。とてもよくできた映画だなと思います。
王谷 PTAは20年ぐらい構想を温めていたらしいですね。
セメント そうらしいです。『ヴァインランド』は『重力の虹』のあと、17年という長いブランクを経て書かれた作品です。ピンチョンは複雑で壮大な作品で知られていますが、ある意味でそうした「難解なピンチョン像」へのカウンターのような作品だと思います。内容はかなりポップで、大衆文化の引用にもあふれています。そのため当時は、「軽い」とか「深みに欠ける」といった批評もあったそうです。
ですが、私はむしろその“軽さ”こそが魅力だと感じました。次の世代への希望や、ピンチョンの楽観的なまなざし、そして社会のはぐれ者たちへの愛情が、より明確に伝わってくるように感じたのです。
世の中は解決できない問題ばかりで、「次々と争いが起きる(ワン・バトル・アフター・アナザー)」現実があるかもしれませんが、それでも、さまざまなはぐれ者たちが好き勝手に生きている中から、なにか新しいものが生まれ、社会が少しずつ変わっていくかもしれない。
そうした楽観性を、これまでも社会の周縁にいる人々とその愛のあり方を描いてきたPTAは受け止め、自分なりの形で表現したのだと感じました。
