ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ワン・バトル・アフター・アナザー』が第98回アカデミー賞の作品賞に輝いた。アカデミー賞助演男優賞を受賞したショーン・ペンの魅力、暴力の描かれ方や、カーチェイスの新しさなど。「文學界」2025年12月号に掲載された王谷晶さんとセメントTHINGさんの対談を全文公開します。(全2回の2回目/前編を読む

『ワン・バトル・アフター・アナザー』 デジタル配信中
権利元:ワーナー ブラザース ジャパン
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© 2025 Warner Bros. Entertainment Inc. and Domain Pictures, LLC. All Rights Reserved.

王谷晶●作家。1981年生まれ。著書に小説『完璧じゃない、あたしたち』『他人屋のゆうれい』『父の回数』、エッセイ『40歳だけど大人になりたい』などがある。2025年『ババヤガの夜』の英訳で英国推理作家協会賞(ダガー賞)の翻訳部門を日本人として初めて受賞。

 

セメントTHING●福岡県出身・在住のライター。専門分野は映画、ボーイズラブ、欧米ポップミュージック、クィアカルチャーなど。

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ショーン・ペンの歩き方

王谷 それにしても、ショーン・ペンはすごかった。ディカプリオの娘を私欲のために追う警察ですが、しわの一本一本までキモくて。体も相当作り込んであった。二の腕とかすごかったですもん、パンパンで。娘に「なんでそんなピタピタのシャツ着てるの?」って言われるぐらい。

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セメント それに「俺はゲイじゃないんだ」と返す。

王谷 そこでそれに即つながるのもどうなの?って(笑)。

ショーン・ペン © 2025 Warner Bros. Entertainment Inc. and Domain Pictures, LLC. All Rights Reserved.

セメント あの会話自体がポール・トーマス・アンダーソン(PTA)っぽいですよね。原作の『ヴァインランド』(トマス・ピンチョン)だと権力の権化みたいな人で、魅力的だという描写があるんですよ。誰が見ても好きになっちゃう。でも、この映画のショーン・ペンを見て、誰が見ても好きになることはないでしょう。なのに、そこに説得力を持たせたショーン・ペンはすごいなと思います。演じていてすごく楽しかったでしょうね。あの歩き方って何なんですかね。

王谷 独特な歩き方でしたよね。久々に、見ていて嫌な気分になるキャラクターに会いました。かなりやりがいのある役だったに違いない。

セメント あれだけ黒人差別をしているのに、その対象に欲望を抱くというフェティシズムも生々しいというか、リアルでしたね。

王谷 差別の対象に欲情するというのは、よく聞く話でもあります。ディカプリオが娘の学校に行って、歴代大統領が奴隷を持っていたという話をするシーンがありましたけど、白人が奴隷の女の人に子どもを産ませることもよくあったようです。そういう史実もバックボーンとしているセリフなのかなと思いました。

『ワンバトル・アフター・アナザー』(予告編)

セメント ディカプリオが娘の哺乳瓶を買っていたらショーン・ペンが突然現れて、「黒人女性が好きだ」って言って消える。あそこは本当に「うわっ」と思いました。なんなんだこいつ、っていう。でもそこからすぐに何かが起こるわけではない。これだけ一直線な話なのに、こっちが予想する展開を外してくるところがあるんですよね。

王谷 こういうタイプの話に慣れている、すれた観客が想像する最悪なことはなかなか起こらない。もしくは描かれない。ショーン・ペンはやっていることはハチャメチャなんですけれど、いまリアルアメリカが大体あの感じになってしまっていて、メチャクチャだというより、あそこだけ妙に逆リアルみたいに感じてしまって。時代が少し違っていれば、あそこだけフィクション度が高いよねと感じたと思うんですけど、リアルで悪い人のやっていることがムチャクチャすぎて、フィクションを作る側としては商売あがったりだよというのは、この何年間かずっと言っています。