あんなカーチェイスは見たことがない
王谷 長い映画なので印象的なところはいっぱいあるんですけど、たぶん誰もが言うのが、ラストのカーチェイスでしょう。あんなカーチェイスは見たことなかった。IMAXで見ればよかったと本当に思いました。
セメント あれはすごく印象的でしたよね。主人公の内面の世界が、カーチェイスを通して表現される感じになっている。実はピーター・イェーツ監督の『ブリット』(68)に、すごく似たカーチェイスのシーンがあって。乗ってる車もマスタングとダッジ・チャージャーで、ほぼ一緒なんです。ただ、『ブリット』では主人公のスティーブ・マックイーンがマスタングに乗って、チャージャーに暗殺者が乗っていたんですけど、この映画ではチャージャーに娘が乗って、暗殺者がマスタングに乗っているという逆転が起こっています。そこに日産セントラに乗ってお父さんがやってくる。つまり、アメリカの象徴が転倒して、そこに日本車が突っ込んでくることになる。シンプルなカーチェイスだけど、意味の段階でアメリカのいろんなものを転倒させてやろうという気合が感じられました。撮影もすごいですし、大きな画面で見たらとんでもないですよね。
王谷 酔うんじゃないかと思うぐらいのアップダウンでした。すごいシーンだった。
セメント 『フレンチ・コネクション』のカーチェイスにも当然影響を受けていると思います。『RONIN』(98)とかも。そういうのを感じさせつつ、全く新しい表現になっているところが面白かったです。
娘が“勝手に”助かる
セメント あと好きなポイントは、娘が誘拐されてお父さんは助けにいくけれども、結局お父さんは全然役に立たなくて、娘が勝手に助かることです。
王谷 あれだけ潜伏して、ピリピリしながら暮らしていたわりには、お父さんは娘に色々テクニックを教えていた感じもない。結局センセイに教わったことと、かくまわれていた修道院で教わった技術で娘が何とか自分で切り抜ける。娘が自ら身につけたスキルで切り抜けていったというところも、いいなと思いました。でも、最後は遠いところに娘がデモに行く。父親と母親の精神性はちゃんと受け継いでいるところに落ち着くのが、PTAっぽい。
セメント 強い男性が導くというわけでもなく、娘が成長して独り立ちするという、娘離れの話なんですよね。結局彼らは血のつながった親子ではないけれど、それとこれとは関係ない。
王谷 それはショーン・ペン側の、血脈とか血のつながりにこだわっている差別主義者との対比にもなっていると思います。ディカプリオが娘と血がつながってないことを知ってるかどうかは描かれないけれども、「だからなんだ」っていう感じのタイプだと思うんです。
セメント 何となくは感づいているのかもしれないけど、娘であることが変わるわけではないし。ちなみに、お父さんが違うんじゃないかというのも、原作由来です。原作ではお父さんが娘から「実は本当のお父さんじゃないんじゃないの?」って聞かれたらどう答えようかと思いを馳せる箇所があります。そんなふうに聞かれたら、「俺は悩んだことはないよ」と答えようと思ってる、と。そういうおおらかな精神性を映画も受け継いでいるんじゃないかなと思います。原作は映画以上にいろんな人が出てきて、さらに生きてるのか死んでるのか分からないような、生と死の合間に居るゾンビみたいな人たちも出てきて、メチャクチャになっていく。そこでは、人々を分け隔てるものが力を失っていく様が描かれるんです。
王谷 私もこれから原作を読もうと思います。全然難解な映画じゃないですし、とにかくメッチャ面白いので、いろんな人に見てほしいですね。

