サブマシンガンをぶっ放す母
王谷 『ワン・バトル・アフター・アナザー』はかなり長い映画で、前半は極左の革命グループ「フレンチ75」のメンバーであるレオナルド・ディカプリオとテヤナ・テイラーの間に娘が産まれて、父と娘が逃げるまで。後半はその娘がもう大きくなって、ディカプリオは薬物中毒になっている。そこに追手のショーン・ペンが迫ってきます。お父さんとお母さん、どっちもムチャクチャなんですけど、個人的にはなんか馴染みがあって、全体的にはファミリードラマとして感情移入しながら見ました。ラストで父と娘が再会するところは、思わず泣いてしまったくらいです。
セメント PTAの映画は、家族が中心にあるものが多いですよね。いろんな人が集まって家族になったり、お父さんと息子の関係が描かれたり。これもアクション大作ではあるけれども、中心にあるのは家族の話。お母さんの描き方はかなり思い切っていましたね。
王谷 父親が子どもにかかりきりになっちゃって、母親が自分が産んだ子どもに嫉妬をする。フィクションではあまり見たことがないけれどあり得そうなことだし、思っていても言えなかった人が結構居るんじゃないかとも思いました。お母さんが妊娠中には、臨月くらいお腹がでっかいままサブマシンガンぶっ放して、下ネタを言いまくる。これもフィクションの中では新しいけど、リアリティも感じられて、すごくいいキャラクターだと思いました。
セメント 原作の産後鬱の描写は、映画よりもエグい感じでした。すべてのエネルギーを吸い取られてもう無理という感じで、こちらまですごくつらい気持ちになる。映画では、それが一瞬だけどちゃんと引き継がれています。母親は「こういう人だ」とはっきりと言えないところがありますよね。完全にいい人でもないし、悪い人でもない。
王谷 娘を捨てて革命を貫くのかと思えば、仲間を売って、証人保護プログラムを受けてしまったりする。強烈なキャラクターなのに戯画化されていないところが素晴らしい。それに、最後にまた登場したりもしないんですね。お母さんが土壇場で出てきたりしないのがまたいいと思いました。
セメント 原作では終盤に娘と再会するんですよね。和解したかどうかはよく分からないんですけど、とにかく再会はする。でも映画のほうは手紙で済ませちゃってるから、驚きました。映画では娘がより中心にあるのかなと思います。
チェイス・インフィニティの肉体の使い方
王谷 娘役のチェイス・インフィニティはこれが映画初出演なんですよね。若いけど、とてもいい俳優さんでした。身を隠しながら銃を撃とうとするシーンとか、すごく様になっていて、肉体の使い方がかなりしっかりしている。
セメント 鮮烈な存在感でしたよね。こんな人居たんだ、って。映画デビューでディカプリオとショーン・ペンと渡り合わなきゃいけないなんて、普通の人だったらできないと思うんですけど、サラッとやっていて、本当に肝が据わっている。あと、名前がピンチョンっぽいんですよ。ピンチョンって名前にやたらといろんな意味を付与しがち。インフィニティ(無限)をチェイスする(追う)、ピンチョンが思いついたような名前で面白かったです。

