2時間後、医者に案内されて救命室のベッドに横たわるトモコさんと対面した母親は手を握ると、「トモコ! 喋って、トモコ」と呼びかけ、体をさすった。大腿骨や下肢、足の骨が折れているため、足の手術をすると説明があった。
しかしトモコさんの意識は戻らず、救命室に通う日々が始まった。
「毎日のように病院に通っていました。意識が戻ると信じていました。なぜ飛び降りたのか理由は思いつきません。考える余裕もなく頭が回らず、体が震えて震えて止まらないでいました」
10月31日には、救命救急室の部屋から“見送り”の部屋に移動すると告げられた。
「治療を断念する、ということが受け入れられませんでした。駆けつけてくれた私の親は『そろそろ準備をしないと…』と言われたのですが、『私はトモコが帰ってくると信じているのにやめて』と泣くことしかできませんでした。
病院から『危ない』との連絡があって駆けつけると、『体が耐えられないので足のマッサージの機械を外します』と言われました。トモコには『よく頑張ったね。ママの子に生まれてきてくれてありがとう』と声をかけ、体をさすり続けました」
「亡くなり方が病気ではないので…」
11月2日に足のマッサージの機械が外される時、母親は「嫌だ、嫌だ」と叫びながら足をさすり続けたという。トモコさんの脈は徐々に弱くなっていき、祖父母が到着すると医師からトモコの死亡が告げられた。
看護師に「亡くなり方が病気ではないので、警察が迎えに来て連れていくことになります。聞き取りもあるので、待合室でお待ち下さい」と伝えられ、遺体は警察署に運ばれた。警察からの連絡を受けたのか、学校からの電話もあったという。
「夜8時ごろ、校長から連絡があったときにトモコが亡くなったことを伝えました。『通夜や葬儀に参列させてください』と言われましたが、部活での問題への対応などで学校への不信感があったので断りました」
学校に対して葬儀への参列を断るほどの不信感を母親が持っていたのは、過去のトモコさんへの対応に不満があったからだ。
「トモコから相談を受ける中で、『死にたい』という言葉は何度も聞いたことがありました。でもその深刻さがわからず、思春期に通り過ぎていく道なのかなと思っていたんです。体がしんどい時にも『死にたい』とも言っていて、どんなに辛いんだろうと心配していました。亡くなる直前に何があったのではないか」

