統合失調症と思しき症状が現れてから25年間、精神科を受診できなかった姉。病気を認めず、南京錠をかけて姉を家に閉じ込めた両親。自身の家族にカメラを向けた藤野知明監督によるドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』が書籍化されました。
映画と同様に大きな話題を呼び、今年1月の刊行以降、版を重ね続けている書籍『どうすればよかったか?』の著者・藤野さんと、〈ケアをひらく〉シリーズの編集を通して長年ケアの問題に関心を持ってきた白石正明さんが、本作について率直に語り合った特別対談を公開します。
(全2回の2回目/1回目から読む)
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うちのような家族はこれが最後じゃないと思っていた
白石正明さん(以下、白石) ご両親とお姉さんは、藤野さんが生まれる前にヨーロッパに2年間行かれているんですよね。3人で、一体で過ごした時間がある。
藤野知明さん(以下、藤野) 私は姉と8歳離れていて、姉の方が、両親が研究者としてばりばり仕事をしているところを近くで見ていたと思います。姉は国際学会にもついていっていました。
白石 藤野さんは家族のある種の「塊」から、少し外れたところにいる。でもそういうポジションにいないとカメラを向けられないのかなって感じたんです。家族と世間の間に藤野さんがいて、一方では当事者でありながら、もう一方では少し離れた視点でカメラを向けている。
藤野 ドキュメンタリーの「作り手」としてカメラを回していたらそうなりますね。でもその認識はありませんでした。家族の一員として撮影している感覚で、自分だけ別だとは思っていませんでした。
姉の状況を考えたら、ドキュメンタリーを作るなんて考えられなかった。僕から見れば、両親は大変な権威を持っていて、経済力もあって、それに対抗するためには記録を残すしかなかったんです。最初はホームビデオみたいな撮り方をして、物足りなくなってきたから姉の状態についての話を聞くようになって、それが溜まってきて初めて、精神科医を探そうということになりました。人に見せられるようなものではありませんでした。
白石 まさに記録だったんですね。
藤野 人に見せるとしたら、なぜこれを見せるのかと言われる可能性が出てきます。「見せる」ことにはそれなりの責任がある。当時の映像には救いがありませんでした。治療にもたどり着けない、混沌とした状態が色々と映っています。救いが見えるものでないと、人には見せられないかなあという感覚がありました。2008年の3カ月の精神科への入院を経て、姉が話ができるようになって光が見えました。
白石 退院されてから、映像を公開することを考えられるようになったんですね。
藤野 ええ、でもドキュメンタリーというよりは、とにかく公開することだけを考えていました。うちのような家族はこれが最後じゃないと思っていたので、「こういうことをやるとうまくいきませんよ」と早く伝えたほうがいい気がしていたんです。ただ、姉が亡くなるまで待たなくてはいけないと思っていました。
お互いに相手の言っていることを聞いていなかった
白石 以前、「カメラ療法」って考えたことがあるんです。揉めているところにカメラを持っていくだけで、状況が変わることがありますよね。演劇化するし、カメラに向かって喋ると煮詰まりが溶けたりする。べてるでも、新聞記者が来ていろいろな質問をすると、みんなすごくうれしそうなんですよ。医者には話していないことをたくさん話します。撮影することで、藤野さんにもそういう効果はありましたか。


