藤野 僕はかなり気が短い方だったのですが、カメラを回しながら怒ると格好悪いから、だいぶ落ち着きましたね。その効果を狙っていたわけではないのですが。
映画の中で両親と話しているところは、話し始めから撮っているわけじゃないんです。年末年始に2泊3日で家に帰るとして、夜に家に着いて、翌朝、朝ごはんを食べて、姉が2階に行ってしまったところで、話を始めていました。そのあと大体晩まで10時間くらい、今、姉は一体どういう状況なんだ、って僕が両親を質問攻めにするわけです。20時とか21時くらい、両親がへとへとになっているタイミングでビデオカメラを出しました。これが朝の8時だったら、なぜビデオを回してるんだって話になったと思います。でも散々話した後なら、言いたいことはあったかもしれないですが、ビデオを止めろとは言われなかったですね。
白石 めちゃくちゃなトレーニングをさせて疲れた後に俳優を映すと自然な演技が出る、みたいなメソッドもありますよね(笑)。生成的なコミュニケーションがなかったとは言うけれど、10時間討論ができていたんですね。暴力もないし、怒鳴ったりということもあんまりなかったんですか。
藤野 そうですね、昔は僕が怒鳴っていたと思いますが……。僕があまりにも大きな声を出すから、母が僕をファミレスに連れて行って冷却しようとしたら、そこでも母に対して大きな声を出してしまって、気がついたらお客さんがみんなこっちを見ていたことがありました。
母と話すシーンを編集していて思ったんですが、お互いに相手の言っていることを聞いていないんですよね。相手がしゃべっている間に自分が言いたいことを考えていて、相手が話し終わったら関係ない話を始めたりするんです。ああダメだな、もっとちゃんと聞くべきだったな、と思いました。
白石 それはそうなんですが、怒鳴り合いや殴り合いになっていないのは、そのせいかなと思いましたね。かみ合ったら、やっぱり勝つか負けるかになっちゃう。でもお互い話がずれていて、言いたいことを言い合っているから、期せずしてポリフォニーになっているんですよね。それが良いかどうかはわからないけれど、かみ合っていないからこそ、最悪になっていないという感じがしました。もちろん、だからこそ25年も経ってしまったとも言えるんですが。
藤野 そうですね、でも僕は、ちゃんとかみ合いたかった。なんでこういうことをしているのか両親が話をしてくれて、僕が受け止めていれば、自宅に閉じ込める必要はないよねっていうところに行きついたんじゃないか。もう姉を自分たちで治すっていうことを考えるタイミングじゃないんだって話になったと思うんです。
姉が処方された薬は、96年には認可されたものでした。姉は2008年に入院したけれど、最短で12年早く薬を試せる可能性があった。そこにどれだけ早くたどり着ける機会があったか、というのが、本を書く上で考えたことでした。