夜中の12時の朝ごはん
白石 お姉さんは、ノートを書くことと、食べることがすごくお好きだったんですね。映画の最後のほうでお姉さんが料理をされているところはめちゃめちゃいいですよね。表情も出ていて、すごくチャーミングでした。
藤野 撮影したはずなのに見当たらないデータが結構いっぱいあるんですが、その一つが夜中の12時の朝ごはんなんです。
白石 ありましたね(笑)。
藤野 映画に使ったのと違うバージョンもあったはずなんですよ。夜中に僕が1階に降りていくと、完璧に朝ごはんができていて、姉が椅子に座っているというときがありました。それで「ちょっと早くない?」って聞いたら姉は、「ああ、まあね」って。
白石 いいですねえ。
藤野 「今日は時間があったからね」って。
白石 精神科の作業所って、そういう笑いがあるんですよね。本気でやっているんだけど、ちょっとずれていて、みんなで笑いあえる。そういう関係ができると、どんどん緩んでいく。
藤野 べてるの家では「幻覚&妄想大会」でグランプリを選んだりして、妄想を隠さないんですよね。面白いなあと思います。
白石 12時に朝ごはん作るなんて、最高ですね。本にありましたが、目玉焼きの黄身のところをニンジンで作るとかね(笑)。
藤野 あれ、おかしいな、と思ったら、八角形のニンジンが黄身の代わりにおいてあったんです。たぶんヘルシーにしてくれたんだと思うんですけれど。
白石 それは、「幻覚&妄想大会」で絶対に賞をもらえるやつですね(笑)。全部その人なりの説明がつくじゃないですか。「健康のためにニンジンを入れました」とかね。そういうのだけで映画を作っても、それはそれで面白いだろうなと思います。また別の映画になってしまうけれど。
「去っていく」姉のシーンを見て思うこと
白石 多くの人が言っていると思うけど、最後のお姉さんのVサインもチャーミングでした。でも、藤野さんとしてはちょっと違う感じなんですよね。
藤野 自分で入れておいて、というところもあるんですけどね。あれは姉が亡くなる数年前に撮影したものです。父が出かけるとき、姉はいつも手を振っていました。僕にはしてくれなかったんだけど、父がだんだん出かけられなくなって、僕が代わりに行くようになったら、手を振ってくれるようになりました。珍しいなあと思って撮った映像です。何バージョンかあるんですが、あれが一番よく撮れていたものです。姉が手を振りながらフレームアウトするので、本来は姉が見送っていて、僕が出ていくんですが、映像としては姉が去っていくみたいになっています。そのせいですごく意味が出てきてしまって、本編のどこにもはまらなくなってしまいました。エンドクレジットの後にようやく収まりましたが、あれを見ていると、やっぱりもっとできたことはなかったのかという気持ちになってしまいますね。よかった、という映像にはならないですね。
白石 とはいえ、後半のお姉さんが元気になった姿を見せないと、どうして25年間も医療にアクセスさせなかったのかという問いがそもそも出てこないんじゃないかと思います。健康さが見えるからこそ、どうして、と思える。買い物に行くときの映像とか、めちゃくちゃ幸せそうじゃないですか。あれを見ると、どうして25年間も……と問いが逆流してきます。
藤野 あの時は、姉が「サッポロ モノ ヴィレッジ」のチラシを見て、「ここに行きたい」って言ったんです。行ってみたら、あれだけ野球場みたいに広い場所で、すぐパワーストーンが売っている場所を見つけて買いに行くので、すごいなあと思いました。やっぱりお金を使うのは、すごくストレス発散になるんですよね。物を買うって、それを手に入れることがうれしいだけじゃなくて、コミュニケーションなんですよね。
白石 買い物というのはストレス解消以上のものがありますよね。お金と物をやりとりするって、人間が本来持っている社会性を解放するお祭りみたいなもんじゃないかと思います。
外に出て社交することと、自宅に閉じ込められていたことの対比が良く出ていて、感動するシーンでした。


