藤野 そうですね、最後に必要なことは全部、聞くだけは聞いたということで、やりつくした感じはありました。
白石 このシーンは、お姉さんの受診を拒んだ理由を藤野さんが気色ばんで聞いていくんですが、最後の答えが「ママがそう言ったから」なんですよね。脱力といえばこれ以上の脱力はない。最後の場面にいろいろな捉え方が一気にたくさん出てきて、素晴らしいなあと思いました。
藤野 まあ、母がどういう風にカメラに対してしゃべっていたか、父は知らないですからね。それに人間の記憶は時とともに内容が変わるという研究もあるそうで、父の中ではそうなっていたのかもしれないですね。
白石 「どうすればよかったか?」といっても、どうしようもなかったんだという部分も含めて、伝わるものがありました。
映画を公開することの問題と責任
藤野 映画を見た精神科医の方からの感想で、父の言っていることは正しいという方がいました。父は「失敗したとは思っていない」と言っているんですが、本当にそうだと。あの当時の病院の状況は良くなかったから、これでよかったんだって言うんです。それで「はいわかりました」とは、僕は言えないですけれど。
白石 お客さんからの反応で、一番うれしかったものはなんですか。
藤野 よくこれをオープンにしてくれた、という反応はいくつもあったんですが、そういう声を聞いたときには公開してよかったのかなと思いました。我が家のようなケースが実在することが、これほどはっきりとした形で出されたことはなかったと思います。でも、100%やってよかったというわけでもないんです。
白石 親族の反応がよくない、とかでしょうか。
藤野 親族からは、今のところネガティブな反応はないですね。映画の公開から少しして父が亡くなって、葬儀で集まった親族に「実はこういう映像を作っているんです」と伝えたら、みんな知っていました。宣伝もかなりやっていた時期だったし、既に見た方もいました。
問題だと思っているのは、承諾を取っていないことなんです。
父には一応確認を取っていますが、当時96歳の父に後見人なしにしていい質問ではないと思います。承諾は全然取れてないんです。はっきり問題があります。ただ、一番家族の尊厳を守らなくてはいけない立場の僕が映像を公開しているわけです。
人権に一番配慮するなら、公開しない方がいいんです。全部、無かったことにするということです。でも僕は、それこそやってはいけないことじゃないかなと思うんです。姉の人生はなんだったのか、という気がします。だから、責任は自分で背負って、オープンにしているという認識です。
白石 ドキュメンタリーは、やっぱり「映っている」ことがいちばん大事だと思います。この映画には、お姉さんの叫び声も含めて、現場がちゃんと映っている。そしてこの本で、その背景、来歴がわかるようになった。それがすごくよかったなと、改めて思いました。
■プロフィール
藤野知明(ふじの・ともあき)
1966年北海道生まれ。北海道大学を卒業後、社会人生活を経て日本映画学校映像科録音コースに入学。千葉茂樹監督に師事。主にマイノリティに対する人権侵害をテーマとして映像制作を行なっている。プロデューサー、撮影、編集を務めた淺野由美子監督『遊歩ノーボーダー』が今年劇場公開予定。
白石正明(しらいし・まさあき)
1958年東京都生まれ。青山学院大学法学部卒業。中央法規出版を経て96年に医学書院入社。98年に雑誌『精神看護』を、2000年に〈ケアをひらく〉シリーズを創刊。同シリーズは19年毎日出版文化賞を受賞した。24年3月に医学書院を定年退職。著書に『ケアと編集』(岩波新書)。
