2人の絆を再確認する場に…初めての五輪で得たもの
初めての五輪となった北京五輪は、2人の絆を再確認する場になった。団体戦は好調で日本の銀メダルに貢献。ところが、個人戦までの10日間で調子が落ちてしまった。
「これまでにないほど調子が崩れて、何をやってもタイミングが合わなくなりました」(木原)
そのメンタルのままショートはミスが出て8位発進。2人が関係性を取り戻したのは、フリーの演技直前、6分間練習の時だった。
「僕は五輪3大会目でしたが、そういえばフリーまで進めたのは初めてだって気づいたんです」(木原)
「龍一くんから『フリーを滑らせてくれてありがとう。もう全部ミスでもいいから楽しもう』と言われて気が楽になりました」(三浦)
2人で滑る喜びを思い出すと、満面の笑みでフリーを滑り、フリーは5位での総合7位となった。
「木原くんは保護者みたいな感じです」
北京五輪後の2人は、お互いの関係を、こんな風に話していた。
「道を歩いていても段差があるとすぐに私がつまづくので、注意してくれます。あと私はすぐに忘れ物をして自分一人だと気づかないので、木原くんは保護者みたいな感じです」(三浦)
「歳が離れていますし、自分の10年前はどうだったかなと思うことで、三浦さんの忘れ物にも怒ることもなくサポートしている感じです」(木原)
技術もメンタルも噛み合った2人は、2023年世界チャンピオンに。その後、23年夏には三浦が肩を脱臼、24年秋には木原が腰椎分離症と、それぞれ怪我も経験し、お互いを支え合ってきた。
そして迎えたミラノ・コルティナ五輪。7年の歩みの結晶となる舞台である。昨年12月の全日本選手権で五輪代表に決まると、2人はこう話した。
「僕にとっては4回目のオリンピック。1回目、2回目は出るだけが目標で、北京オリンピックは団体戦のメダルに貢献することができました。今回はやっぱり日本初の個人戦でのメダルを目指したいです」(木原)
そう語る木原に対して、三浦は気持ちを盛り上げるように言う。
「4年前は、一度コンディションが落ちても、それまでの練習を信じることで、力が発揮できるということを学んだオリンピックでした。今回は、4年間の成長をすべて生かせる場所になると思います」(三浦)

