母親に「私の髪は何なの?」と気持ちをぶつけたことも…

――病院に行ったりしたのですか?

あみ 両親は、病院をたくさん回ってくれたみたいなんです。私が女の子だから、髪の毛を何とかしてあげたいと思って。でも、いろいろな検査や治療をしたけど、何も変わらなくて。

 しかも診断名もわからず、という状況でした。「先天性乏毛症」という診断名がついたのは1年くらい前で、本当に最近なんですよ。当時はデータが少なくて、お医者さんもわからなかったのかもしれません。

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幼少期の写真(本人提供)

――診断名がわからないと不安ですよね。

あみ どうしたらいいのか、わからなかったと思います。両親としては、とにかく幼稚園に上がる前になんとかしてあげたい、という思いがあったみたいで。病院に通って、電気を当てる治療をしたり、薬もいろいろ使っていたそうです。

 でも、私には当時の記憶が一切ないんですよ。そのことを母に話したら、「辛かったから、しんどかったから、記憶から消えているのかもね。良かったね」と言われました。

――ご両親としても、どうにかしてあげたいという思いがあったのでしょうね。

あみ 20歳くらいのとき、それまでずっと我慢してきた気持ちがあふれてしまって、「なんで私ばっかりウィッグでお金もかかるし、嫌な思いをしなきゃいけないの」「私の髪は何なの?」「なんで私だけなの?」と、母にぶつけたことがありました。

 そしたら母から、「なんとかしてあげたくて、どれだけお金を使ったと思ってるの」と言われて。

「私、この人たちと違うな」幼稚園に入ってから周囲の視線を意識し始めた

――ご両親も辛い思いをされていたんですね。

あみ 以前、私の昔の写真を見ていたら、写真の横に「美容室に連れて行ったら男の子のように短くされてしまった、少しショック」と書かれた母のメモ書きがあって。きっと少しじゃなく、かなりショックだったんだろうなと思います。

 私の髪の毛のために、病院だけでなく美容院にも連れて行ってくれて、今は感謝しています。

幼少期のあまもあみさん(本人提供)

――ご自身の髪の毛が周りの子と違うな、と意識し始めたのはいつ頃からですか。

あみ 幼稚園に入ってからですね。周りの子がリボンやヘアゴムをつけてすごく可愛い髪型をしているのを見て、「私、この人たちと違うな」と思いましたし、女の子たちからの視線も気にしてしまって。