――担任の先生はどのように対応していたのですか。
あみ 年配の女性だったんですけど、その先生も見て見ぬふりでした。主犯格の男子グループが怖くて言えなかったんだと思います。
ある日、授業で将来の自分年表を書く課題があったんですけど、私は「20歳で死ぬ」って書きました。当時はもう生きたくないなと思っていたんです。でもそれを見た先生は「何そんなこと書いてるの」と軽く言うだけだったんです。
――周りに助けてもらえないと、辛いですよね。
あみ かなり辛かったですね。私にとっては、それがSOSのサインだったのに、助けてくれないんだって思いました。
布団の中で泣いていたけど、部活と家族が心の支えに
――辛い状況の中で、心の支えになっていたものはありますか。
あみ 部活ですね。本当にやっていて良かったです。バドミントン部の部長だったから、周りも「部長の子だ」と見てくれて。そのおかげで少し強くいることができましたし、部活のメンバーは私のことを守ってくれるので。
でも、部活のメンバーにはいじめられていることを知られたくなくて、明るく振る舞っていました。私の弱い面を見られたくなかったんです。
――どうやってつらい時期を乗り越えたのでしょうか。
あみ 家に帰って、家族との時間を過ごすことで、少しは気持ちが紛れました。でも、家族にはいじめのことを言えないし、傷ついているから、自分の部屋に戻って布団の中で声を殺して泣いていましたね。
――ウィッグをつけ始めてから、いじめっ子たちの態度は変わりましたか。
あみ おとなしくなりましたね。見た目に特徴がなくなったから、もう面白くなくなったんだと思います。最初は「うわ、何あいつ、カツラつけてる」「取ってやろうかな」と言っていましたけど、そこまでの勇気はなかったみたいで。
でも、私がウィッグをかぶったあと、今度はクラスの別の女の子の容姿をいじっていました。本当に最悪な男子たちでした。
――高3までウィッグをかぶらなかったのはなぜですか?
あみ ウィッグをつけるっていう発想がなかったんです。当時はまだウィッグがメジャーじゃなかったので。今みたいにSNSでインフルエンサーがかぶったりすることもなかったから、このまま生きるしかないのかなって思っていました。
それに、今でこそ「ウィッグ」という言葉が浸透していますけど、当時は「カツラ」というイメージがあって、ネガティブな印象もあったんです。

