視線はとっくに、踊ることそのものに向いている
ミクロコスモス舞踊研究所は小所帯の教室ではあるものの、比較的長く通う生徒が多いこともあってまとまりがあり、なんだか下北沢の「小さなダンスカンパニー」といった趣がある。
教室には恒例の行事がある。毎年夏、地元・下北沢の商店街では阿波踊りのお祭りが開かれる。さまざまな団体が踊りを披露する場が、小さい空き地に設けられるので、ミクロコスモスも毎回参加するのだ。
この夏は、ロシア舞踊を基本とした演目をつくって、十数人の生徒とKaoRiさんがダンスを披露した。狭いスペース、地面はアスファルトという決して恵まれた環境ではない中を、健気に踊る姿は楽しげだ。祭りに繰り出していた人たちが次々と足を止めて、すぐに数十人の観客の輪ができた。演者の浮かべる笑みが、観る側にも乗り移っていくのがはっきりと見て取れた。
そうか、こんな光景を生み出したかったんだ。そのために自身は身体表現を極め、その知見をできるだけ深く広く伝えようとして、教室で生徒を前にして心を砕いてきたということか。
大きい騒動になったKaoRiさんの告白は、ここで見てきた母親への想い、費やしてきた膨大な時間、自分の生徒たちに対する責任、そして「踊る」という表現をリスペクトする気持ちが、あまりにも尊重されなかった事態にものを言うためだった。だから行動せずにはいられなかった。
でも、もう済んだこと。KaoRiさんの視線はとっくに、踊ることそのものに向いている。
「今はただただ、踊るのが楽しいので。踊ることの愉しさにもっと触れるにはどうしたらいいか、それだけを考えていますね」
写真=鈴木七絵