童貞である、非モテであることは、何層にも重なった痛みを異性愛男性にもたらす。性愛の欲望を満たせないこと。童貞・非モテがスティグマとなって、コミュニティの中で劣位に置かれること。その痛みを誰にも理解されないこと。
これらの痛みが増せば増すほど、異性愛男性たちはさらに女性との交際に期待を抱くようになっていく。女性と性愛関係を結ぶことができれば、一発逆転できるのではという期待を。
しかし、著者が指摘するように、現代の恋愛市場には目に見えにくい選別がある。マッチングアプリは男性たちに一定の年収を求め、仕事についていない男性や年収の低い男性は最初の段階から締め出されてしまう。強固なルッキズムや障害者差別の風潮によって、一部の男は女性たちの選好の外に置かれがちだ。
しかし、性愛を福祉と同等だとは言えない。経済格差に対して雇用のサポートや現金給付が、障害者の生活困難に支援の手を増やすことは実施可能だが、性愛には相手が存在するのだ。異性を「配分」することは人権侵害であり、私たちはここでジレンマにぶつかる。
さて、このジレンマに対して、異なる角度から向き合った4人の男性たちを取り上げたのが本書である。
童貞であることを押し出して、オタク世界の中で喜びを得ようとするお笑い芸人ぐんぴぃ(撤退)、ナンパ師として半ば暴力的に女性との関係を結ぼうとするニール・ストラウス(欺瞞)、女性と社会への憎悪を深めてテロ事件を起こしたエリオット・ロジャー(破壊)、男性たちに自己を高めるように説くジョーダン・ピーターソン(自己改善)。彼らが抱えた痛みと暴力を丁寧な筆致で描き出していく本書は、類稀なる童貞の生活史と言えるだろう。
中でも特筆すべきは、彼らに共通して現れる独特の女性との距離感である。異性愛に過剰な価値が置かれる中で、彼らは完全に距離を置くか、相手の意思はおかまいなしに急激に距離を詰めるか、自分から関わるのではなく常に相手から来てもらうのを待つか。クラスメイトや同僚にはおそらく発揮されるはずの関係構築のステップが、女性相手には成り立たず、両極端になってしまう。異性愛への集中がもたらす独特の錯視を捉えた点に、臨床的な意義があると言えるだろう。
ちなみにぐんぴぃは、最近恋人ができて童貞でなくなったことを公表した。全然撤退してないじゃないか…!とツッコミたくなったが、ファンたちが彼をいじりながらも温かく祝福していることに希望を感じた。嫉妬をむき出しにするのでも、裏切り者として糾弾するのでもなく、そこには異性愛をめぐる序列化から離れた関係性が醸成されていた。その温かな関係性は、本書がテーマとした若い童貞たちの苦悩を解決する、一つのヒントになるようにも感じた。
うえだぴーたー/1985年生まれ。2012年スウェーデン・カロリンスカ研究所医学部、ストックホルム商科大学商学部卒業。19年、日本の異性間性交渉未経験者についての論文が注目を浴びる。東京大学客員研究員。
にしいかい/立教大学特任准教授。著書に『「非モテ」からはじめる男性学』『転落男性論――孤立、暴力、ホモソーシャル』他。
