歴史に葬られてきた女性たちの苦悶
そのようにして歴史に葬られてきた女性たちの苦悶を炙りだすこの映画が、視覚だけでなく聴覚にも並々ならぬ意識を注いでいるであろうことにも言及しておきたい。イメージだけで捉えればささやかな存在にすぎないハエが、耳元で羽音を鳴らした途端、自らの存在をおびやかす敵へと変貌するように、女たちが日常の中で感じた違和感は、音響によってより触覚的に立ち上がり、観客の身体へと刷り込まれていく。原題『In die Sonne schauen(太陽を眺める)』が英題で『Sound of Falling(落下音)』へと変化したのには、そのような背景が関係しているのだろう。もしかするとこの先、映画史の中に「フィメール・ゲイズ」を聴覚に置き換えるような概念が現れてもおかしくはないのかもしれない。
生まれた場所や時代など、個人の力では変えることのできない条件によって過酷な人生を強いられた命をせめて映画の中へと記録し、願うように落下の重力に抗いうる結末を用意したマーシャ・シリンスキ監督。長編2作目にしてこの大仕事に挑んだ彼女や、過去を生きた女たちの想いが皮膚の下へともぐりこんでくるような、生々しい映画体験だった。
いどぬま・きみ 映画上映と執筆を軸にした個人プロジェクト「肌蹴る光線」を2018年に始動。各種メディアへの寄稿や不定期の上映活動を続ける。
INTRODUCTION
北ドイツのひなびた農場を舞台に、4つの時代を生きる少女たちの物語を自在につなぎながら、言い知れぬ“不安”を描き出した。監督・脚本は本作が長編2作目のマーシャ・シリンスキ。第78回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。鮮やかな構成と強烈な音響でつむがれた作品世界に、「映画言語を更新する新たな才能」と称賛が相次いだ。アカデミー賞のドイツ代表にも選出された話題作だ。
STORY
1910年代、少女アルマは北ドイツの農場に暮らしている。同じ村で、自分と同じ名を持つ幼くして死んだ少女の気配に気づく。1940年代、戦争の傷跡が残る中、エリカは片足を失った叔父への抑えきれない欲望に気づき、自らの得体のしれない影に戸惑う。1980年代、アンゲリカは常に肌にまとわりつく“何か”の視線に怯えていた。そして現代、家族と共に農場に移り住んだレンカは、自分の存在が消えてしまいそうな孤独感に徐々に侵食されていく。100年の時を経て響き合う彼女たちの“不安”が、農場を静かに覆いつくしていく――。
STAFF & CAST
監督・脚本:マーシャ・シリンスキ/出演:ハンナ・ヘクト、レア・ドリンダ、レーナ・ウルツェンドフスキー、レーニ・ガイゼラー/2025年/ドイツ/155分/配給:NOROSHI ギャガ/©︎ Fabian Gamper - Studio Zentral

