ある日突然、姿を消してしまう“蒸発”。ドラマならコメディにもなるけれど、実際は笑いごとじゃありません。しかも本作から感じた「怖さ」はさらに別物……。ドキュメンタリーならではの、その怖さにご注目ください!
今週のターゲット『蒸発』
〈あらすじ・概要〉日本における“蒸発”をテーマにしたドキュメンタリー。蒸発者当人、それを助ける夜逃げ屋、残された家族、失踪人捜索専門の探偵の姿を追う。ドイツ人映画作家アンドレアス・ハートマンと、ベルリンと東京を拠点に活動する映像作家・森あらたとのコラボ監督作。86分。全国順次公開。
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日本では毎年約8万人が失踪し、そのうち数千人は完全に姿を消してしまう……と冒頭で紹介されるように、この消えた数千人のことを本作では「蒸発者」と定義し、問題の核心と認識しているようです。内容としては、「夜逃げ屋」がアシストする「消えようとする人々」の姿と背景、そして夜逃げ屋の「中の人」の事情、また「消えた人を追う人々」の姿と背景などが交互に描かれます。
しかしプライバシーの問題から、登場するどの人についても「なぜ消えなければならなかったのか」の具体的な説明はほぼありません。そのため、いわゆる「実録もの」的な観点からみるとやや物足りず、むしろ象徴的な「画」と「言葉」を組み合わせて展開するイメージフィルム的な性格が強いかな、という気もします。
興味深いのは、日本を撮影地としながらも欧州がターゲットの日独合作であること。それが公開後、あまりに高評価・大反響となったために、日本に逆上陸したとか。この文脈だと心配されるのが「日本人からみた時の違和感や誇張」ですが、特に感じることはないだろうと思われます。
ちなみに日本公開版の特徴は、登場する人々の顔をAI処理して別人偽装させている点です。表情はリアルに再現されているそうで、手法として斬新。不気味の谷現象(技術によって人間らしさ、本物らしさを追求した結果、かえって嫌悪感をもよおす現象のこと)の違和感も、むしろ演出効果としてアリかもしれない。このAI処理は見せ場シーンのみで、途中でボカシに戻ったりするのがまた絶妙にアート映像っぽいのです。
ときに夜逃げ屋といえば、前世紀の末ごろに『夜逃げ屋本舗』という人気映画/ドラマシリーズが存在し、ゆえに日本でこの裏稼業についての認知度はそれなりに高いといえます。しかし、本作に登場する令和のリアル夜逃げ屋は、何かが違う。そりゃコメディ要素も含むドラマとは違うだろ、と言われれば確かにそれまでですが……。と、考えながら気づきました。本作で夜逃げ屋に頼る人々は、たとえ夜逃げに成功しても、その先に社会的に復活できる目があまりなさそう、少なくとも超困難だ、ということに。
社会からの――ただし死は拒絶しながらの逃亡=蒸発は、そのまま一般社会との決別を意味してしまう。そんな感触が強烈にあります。一種の「解放」としてポジティブに解釈できなくはないですが、社会全体に余裕がなくなったことの反映で、フィクションか実録かの違いよりも、個人的には時代性の違いである可能性が高いと感じました。
そういえば『夜逃げ屋本舗』にも、借金まみれの債務者を囲い込んで強制労働をさせる悪徳業者が出てきましたが、あれって要は恐怖社会体制のパロディですよね。ところが現代においては、ああいうのがリアルに、しかもクラウド的に分散しながら存在し、総体として「敗者復活不可能」な層に人々を押し込めている印象があります。本作は、それを示唆しながらも、問題の解決法については特に何も提示しません。だから、とても怖いのです。社会心理の恐怖のツボ再発見ドキュメンタリーと言えるかもしれません。


