自分の考えを疑わず単純で行きあたりばったりな母への諦め
響子 私を不憫がる「母の横で寝ながら本を読んでいた」というのも、私は嫌いじゃなかった。外から入って来る夜の気配が好きだったし、そこらへんにある本を適当に開いて、『ウンコによる健康診断』とか面白かった。
桃子 よりによってその本かよ。
響子 とにかく母は、自分の考えを疑わない人なので。
桃子 一度こうだと思ったら、それが祖母にとっての正解。人間は変化するものだけど、そこには気づかないし、矛盾には向き合わない。まあ、その方が楽ですから。
響子 単純な人だと思うんです。行き当たりばったりで、深みがあるようでないというか。
桃子 だから考えない人でしょ。
響子 そういう人だから、いろいろ言ったところでしょうがないと諦めてる。
桃子 私は、響子さんが可哀想だと思ってるんです。結婚するまで佐藤愛子から与えられる幸福や不幸以外を知らなくて、祖母のせいでそういう人生を送らされた。
響子 この子と私の見方が違うのは、この子は「先生」になってからの母しか知らない。私は「先生未満」の、借金(夫で作家の田畑麦彦氏が事業に失敗し、債権者から逃れるための偽装離婚のはずが、田畑氏はすぐに別の女性と再婚)を返すのに必死だった頃から、母とずっと一緒でした。そこが大きいと思います。
〈年も押し詰ってから債権者会議が開かれた。その日、私は一日中「おせっかいの季節」という少女ユーモア小説を書いていた。桃子は私が仕事をしている机の前で、ケシゴムを刻んでママゴトのおかずを作っていた。
「あーあ、ここの家ときたら、いったい、一家団欒ってことを何と思ってるのかねえ」
突然、桃子は呟いた〉
(『戦いすんで日が暮れて』講談社文庫)
桃子 え、何? 『戦いすんで日が暮れて』では響子さんが「桃子」なの? 読んでないから全然知らなかった。
響子 本が出たのが小学四年生の時で、私は自分が出ているページを開いて「あたしだ」って喜んでいました。「桃子」という柔らかい感じがいいなと思って、その時から娘が生まれたら「桃子」にしようと決めてたんです。
桃子 サルとかチンパンジーにつけられがちな名前だけどね。
響子 響子という名前が硬い感じで好きじゃなかったから、母に「なんで私を桃子にしなかったの?」と聞いたら、「パパが響子がいいって言ったんだよ」と言ってました。
