親が作家なんてしんどい以外の何ものでもない

桃子 響子さんは自由なはずの若い時代に、夫である私の父に出会うまで佐藤愛子の方だけを見させられた。それって可哀想だって思います。

響子 他人の意見を伝えても、「そんなもんを相手にしてどうするんだ」って反応をされる。その迫力に、だんだんと「母は法律なんだ」と思うようになるわけです。

桃子 家庭に父親がいなかったというのもあると思います。でも母から父親を奪ったのも祖母だと思うんで。

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響子 いやいや、あの親父がいたらいたで大変だからね。作家は、男も女も子どもを作るなって思ってましたから。生まれてきた子からすると、親が作家ってしんどい以外の何ものでもない。あなたたちには作品という子どもがいるじゃないですか、って言いたかった。

桃子 いつからそう思うようになったの?

響子 二十五歳過ぎた頃からかな。私が十五の時に母が北海道の浦河町に別荘を建てて、それ以来夏には必ず行っていたけど、夏休みに行くのが浦河町だけっていうのは変だな、って思うようになったのがその頃で。

桃子 北海道に行っても、空港と浦河町の往復だけだったね。

響子 桃子が生まれてからは私たち家族も浦河町に行っていました。ある時、浦河しか知らない私たちを見かねて町の人が釧路旅行に誘ってくれたんです。母がちょうどお友達と札幌に競馬を見に行く予定があったから、同じ日に私たちは釧路に行きたいって言ったんですよ。そうしたらだんだんだんだん機嫌が悪くなっていって「私が留守の間に楽しもうっていうのか」。

桃子 そうすると、アワアワしちゃうんですよ、響子さんは。「はい、そうです」って答えればいいだけだと、私は思うんですけど。

構成 矢部万紀子

佐藤愛子(さとう・あいこ)
1923年大阪府生まれ。甲南高等女学校卒業。小説家の佐藤紅緑を父に、詩人のサトウハチローを異母兄に持つ。69年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、79年『幸福の絵』で第18回女流文学賞、2000年、65歳から執筆を始めた佐藤家3代を描く『血脈』の完成により第48回菊池寛賞受賞。15年『晩鐘』で第25回紫式部文学賞を受賞。17年旭日小綬章を受章。

響子(きょうこ)
杉山響子 1960年生まれ。玉川大学文学部卒。両親の離婚後、母の佐藤愛子と暮らす。著書に『物の怪と龍神さんが教えてくれた大事なこと』『憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ』。

桃子(ももこ)
杉山桃子 1991年生まれ。立教大学文学部卒。「青乎(あお)」名義で、映像や音楽作家として活動する。著書に『佐藤愛子の孫は今日も振り回される』。

ぼけていく私

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最初から記事を読む 現在102歳!作家・佐藤愛子最後のインタビュー。施設に入る前に語った「ぼけていく」ことについて