両者とも「心理面で相談に乗る専門家はいる」としながらも、ロランへの心理カウンセリングはしていなかった。事件現場の公園は小学校から150メートルの至近距離にあるにも関わらず、学校から警察への防犯体制の強化も要請していなかった。
「暴力の被害に遭ったのが日本人の子どもだったらどうなのでしょう」。支援団体の男性は疑問を投げかけた。
乳飲み子まで引き離され……
一家は苦難の道を歩んできた。少数派のクルド人である上、イスラム教の少数派アレヴィーのベルザンは、母国のトルコでは民族差別を受けてきた。学校に通うのも就職するのも厳しい差別を受けた。
2016年、ベルザンは、赤色、黄色、緑色の民族のシンボルカラーのスカーフをしていたことを理由に、警察に連行され4日間勾留された。「ここでは子どもには将来がない」。夫婦は2017年3月、当時3歳のアザド、2歳のロランを連れて日本に逃れた。ベルザンのきょうだいも欧州に逃れた。
成田空港でベルザンは難民申請をしたいと言い、一時上陸許可を求めたが、入管職員は「あなたは難民ではない。日本には入国できない」と入国を拒んだ。それでも「帰らない」と拒否すると、家族はばらばらに収容された。
父親のベルザンは当初は成田空港内の収容施設に1ヵ月半、次いで茨城県の牛久の収容施設に3ヵ月半にわたり収容され、妻のヘリンは東京・品川の東京出入国在留管理局(東京入管)の収容施設に2ヵ月と20日間にわたり収容された。そして3歳のアザドと2歳のロランは、千葉県内の児童保護施設に収容された。家族は3ヵ所に分断されて収容されたのだ。
「2歳の子にはまだ母乳をあげていた。そんな子たちを私から引き離したのです。収容されている間、子どもの居場所も分からず、心配で心配で死にそうだった」
母のヘリンは言う。70キロ台だった体重は40キロ台になった。収容施設から解放され、直後に保護施設から子どもを引き取った時は母子とも抱き合って涙を流した。
