「四文字事件」から“人生2度目の編入”を経て、バラエティタレントとなった松本明子さん(60)。苦難の末に、最高視聴率30.4%の超人気番組「進め!電波少年」のレギュラーに。そして番組の企画で、パレスチナのガザ地区でパレスチナ自治政府のアラファト議長と面会することになる。

松本明子さん ©文藝春秋 撮影・橋本篤

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――バラエティ班に移ってからの活動をお聞かせください。

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松本 復帰はしたんですけど、関東のテレビ局、特に生放送は出られなかったですね。「あいつは生放送で何を言うかわからなくて危険だ」みたいな感じでした。

 ただ、完全に干されていたわけではなくて、関西エリアのスタッフさんには可愛がっていただきました。谷村新司さんとばんばひろふみさんの「MBSヤングタウン」にアシスタントで使ってもらったり、ABC放送でやっていた「ヤングプラザ」というバラエティ番組ではハイヒールさんやトミーズさんとご一緒させてもらってました。

「こんなことするために上京したんじゃないんだけどなぁ」

――次第に関東の放送局にも呼ばれるようになっていきます。

松本 レポーターだとか、「オレたちひょうきん族」の「ひょうきんベストテン」コーナーに出させてもらったりしました。(中森)明菜ちゃんの格好で、明菜ちゃんの曲を歌いながら粉だらけになるとか。ジェットコースターに乗りながら明菜ちゃんの歌を歌ってカツラが吹っ飛ぶとか。あとは「ものまね王座決定戦」ですね。

――松田聖子さんのようになりたいと上京してからまだ2年しか経っていませんが、戸惑いはありませんでした?

 

松本 バラエティ班に移ってから最初の頃は、やっぱり戸惑いはありました。「こんなことするために上京したんじゃないんだけどなぁ」とは思いながらも、とにかく全国の皆さんに顔と名前を覚えてもらおう、と。そうすれば、大好きな歌は後からついてくるもんだと信じて。もう覚悟を決めて、どんなお仕事でもやってました。

――そうした流れのなかで「文夫と明子のラジオビバリー昼ズ」(現在も「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」として放送中)への抜擢がありました。

松本 あのラジオ、本当は高田先生は「松本典子」ちゃんを希望してたみたいなんです。松本典子ちゃんは志村けんさんとコント番組にも出てましたしね。ところが、スタッフさんが聞き間違えて「松本明子」にオファーしちゃって。