まずは金ヶ崎城をめざす

 登城は金崎宮の参道から。石段を登った先が境内だ。

 1890(明治23)年の創立と聞くと随分新しいが、その由緒は南北朝時代にまで遡る。御祭神の尊良(たかなが親王と恒良(つねなが親王は、ともに後醍醐天皇の子息、つまり南朝方だ。

山の中腹に立つ金崎宮

 2人は新田義貞とともにこの地へ落ち延びるも敗れ、金ヶ崎城は落ちる。前者は自害、後者は捕虜となり京で謀殺されてしまう(諸説あり)。境内には落城の際、尊良親王に殉死した321人の武士を祀る絹掛神社も鎮座している。その左脇から遊歩道が延びていた。

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金ヶ崎城周辺マップ(現地案内板より)

 登り始めた頃、天気は薄曇り。少し前までパラついていた雨も上がり、空は比較的明るい。地図を見る限り、遊歩道もしっかり整備されている。

 まずは金ヶ崎城、続いて天筒山城へと向かうルートで、おおよそ2時間ばかりと想定する。そのぐらいなら、天候も持ってくれるだろう。

敦賀湾を見張る第一の出丸

 先ほどまでの雨でわずかに湿った道を踏みしめながら、ものの2~3分で岬のようにせり出した地形が見えてくる。鴎ヶ崎(かもめがさき)の向こうは敦賀港。周辺は埋立地なので、この場所は戦国時代まで断崖の上にあったはずだ。

 木々の合間から、敦賀湾を挟んで対岸の敦賀半島、そして市街地も見渡せる。出丸を設けるのに相応しい立地だ。

敦賀湾に突き出た鴎ヶ崎
鴎ヶ崎からの眺望

 ただし水面からの比高はせいぜい50mほど。木々が邪魔しているのもあるが、見晴らし抜群とまでは言えない眺望だ。