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敵の侵入を妨げる「防御施設」の跡
遊歩道を引き返し、尾根を南東方面へ。山は険しいが遊歩道がしっかり整備されていて実に散策しやすい。ただ、よく整備されている城は遺構も破壊されていてガッカリ、というパターンもままある。
ふとそんな危惧も脳裏に浮かんだが、杞憂だった。ここからが金ヶ崎城の遺構のハイライトだ。
尾根は時々アップダウンがあり、凹部にはそれぞれ堀切らしき跡。それぞれ「一の木戸」「二の木戸」「三の木戸」という名が付いている。
堀切に加えて門を構えて、敵の侵入を防いでいたのだろう。
「金ヶ崎の退き口」では、織田軍が籠城したが、その直前に奪い取ったので、元々は朝倉家の縄張による城だろう。
尾根を進むと、次々にタイプの異なる堀切が現れ、ワクワクさせてくれる。
地図には二の木戸までしか記されていなかったが、その先にすぐ一の木戸も登場し、三つの木戸を無事クリア。
だが、少々釈然としない。一の木戸が南東側の城端とすると、守りとしては心許ない気がするのだ。これでは浅くて、すぐ突破されてしまうのではないか。
と思いきや、いい意味で期待を裏切る光景が目の前に現れた。見事なV字型の大堀切である。
「これでしょ!」と、思わず心の中で叫ぶ。北東の断崖、南西の大堀切。城の両端を固める二大ポイントだ。






