「毎回、裸の女性が出てくる」
そんな破天荒な内容にもかかわらず、なぜトラック野郎は子どもたちにも愛されたのか。菅原文太のイメージを一変させたこの大ヒット作の裏には、時代と興行の“したたかな計算”があった。ライターの桜井顔一氏の新刊『日本特撮 人気作品の裏設定』(鉄人社)からひもとく。(全2回の2回目/最初から読む)
◆◆◆
菅原文太のハマり役・桃次郎
さてさてそんな『トラック野郎』、公開当初は単発の穴埋め番組として製作され会社もさほど期待していなかったが、75年に『トラック野郎 御意見無用』(75年8月30日)が公開されるとたちまちのうちに大ヒット、公開直後にシリーズ化が決定した。
監督の鈴木則文と脚本の澤井信一郎は、長距離トラックの助手席に乗せてもらって旅に同行しながら取材を敢行。装飾ギンギンのデコトラも全て実際の車体が使われ、全国のモノホンのトラック野郎からも支持された。
第2作『トラック野郎 爆走一番星』(75年12月27日公開)ですでに『男はつらいよ』の興行収入をトラックが追い越し、その後は東映の目玉商品となる。第5作『トラック野郎 度胸一番星』(77年8月6日公開)では同じく全国のトラック野郎どもに大人気だった歌手・八代亜紀も「紅弁天」丸を運転するトラッカー役で登場し実際にトラックを運転。
桃次郎のライバル役ジョーズには千葉真一が扮し、まさに『仁義なき戦い 広島死闘篇』(73年)を思わせるような文太VS千葉ちゃんの粉まみれの大暴れが実現した。
