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懲役は…
同年12月24日から東京地裁で始まった公判で、黒岩は全面的に起訴事実を認め、争点は殺意の発生時期と、犯行時における黒岩の精神状態(刑事責任能力)に絞られた。
殺意について、検察は捜査段階で黒岩が「もし騒がれたら殺すしかないと考えたうえで誘拐した」と自供していることから事前にその意志があったと主張。対して弁護側は正寿ちゃんを公衆便所に連れ込んだところ、暴れられたことで処置に窮して咄嗟に殺意が生じており計画的ではないと訴えた。
また、犯行時の精神状態に関しては検察が「完全に責任能力あり」と断定する一方、弁護側は東京大学脳科学研究室助教授が実施した精神鑑定を根拠に、犯行時の黒岩は心神耗弱状態だったと主張した。
1972年4月8日の判決公判で、東京地裁は「犯行時、完全責任能力を有しており、事前に被害者の殺害も含めて計画していた」と認定、「身代金で贅沢な生活をしたい」という犯行動機も酌量の余地はないとして死刑を宣告する。