――目の手術を受けることは怖くなかったですか。
濱田 赤ちゃんの頃からやってることなんで、当時は何にも感じていませんでした。ただ、手術の後って2週間ぐらい入院するんですよ。頭をぶつけたらあかんからずっとベッドの上で。だから退院する時に足の筋力が落ちてよろよろの状態になってる。そこから日常生活に戻ると筋肉が戻るんだけど、また手術してまたよろよろして。その繰り返しでした。
――その生活はいつ頃まで続いたんでしょう。
濱田 手術は小学校を卒業するまででした。そのあとは体が成長して眼圧が安定してきたので手術はしてないんですけど、今度は緑内障の自然な進行で視力が落ちていきました。でもそれは自分でも気づかないんですよ。
――気づかないものなんですか。
濱田 知らない間にじわじわとっていう感じでしたね。大人で緑内障にかかる人もそうらしくて、ふと片目で見た時に「あれ、めっちゃ見えづらくなってる、なんでやろう」って病院に行ったら発見される。
自分が知ってる世界と他人が知ってる世界でそもそも違う
――じわじわ下がっていく中、はっきりと視力が落ちてると感じたのはいつくらい?
濱田 高校生ぐらいの時にはだいぶ見えなくなったと感じていて、今の状態になったのは20歳ぐらいかな。
――逆に、それまである程度は見えていた。
濱田 見えてたと言うとよく勘違いされるんですけど、緑内障って「くもりガラス越しに物を見ている感じ」なのではっきり見自分が知ってる世界と他人が知ってる世界でそもそも違うえてたわけじゃないんです。だから「見える」っていう感覚も、んですよね。説明が難しいんですけど。
――たしかにそうですね。濱田さんの中で、少年時代に「見えていた」ものが少しずつ見えなくなっていく感覚はあったんですか?
濱田 よく覚えているのは、小学生の時に手術が終わって退院して家に帰って、いつものようにゲームボーイを手に取ったら画面がまったく見えなかったんです。2週間前までは見えて遊べてたものが、もう遊べない。あれはめっちゃショックでしたね。ただ、その時はテレビの大きな画面ならまだ見えてたんで、スーパーファミコンにゲームボーイのソフトをさしてテレビに映せるやつを使って、高校生くらいまではどうにかポケモンとかをやってました。
――見えにくくなっていく中でも、どうにか方法を探して。
濱田 近づけば見えるうちはそうでしたね。スーファミの「星のカービィ スーパーデラックス」「スーパーボンバーマン5」とか、Nintendo64の「大乱闘スマッシュブラザーズ」「牧場物語2」とかも好きでした。

