2018年、「R-1ぐらんぷり」決勝当日。“盲目のピン芸人”濱田祐太郎(36)はネタの出来よりも、まったく別のことに怯えていた。「濱田の出演はやっぱりなしです」と急に言われるんじゃないか──頂点に立つ直前まで彼の胸を占めていたのは、差別への不安だった。
オーディションで面と向かって「通さない」と告げられた経験。決勝進出後の取材で差別への不安を語らずにいられなかった。華やかな優勝劇の陰にあった孤独な闘いを聞いた。(全3回の2回目)
◆◆◆
――養成所に入る前に「R-1ぐらんぷり」の準決勝まで進んだというお話でした。大阪NSCに入ってからも順調だったんですか。
濱田祐太郎(以下、濱田) 全然でした。NSCに入った年もR-1に出たんですけど、2回戦で落ちました。
――前年は準決勝進出だったのに。
濱田 NSCのせいやと思ってます。NSCってダンスの授業が3種類もあったんですよ。日本舞踊と中国舞踊と、ラッキー池田さんのよくわからないダンス。発声の授業は1種類、演技も1種類なのになんでダンスだけ3種類あるんやっていう(笑)。まあそれは冗談ですけど、深刻だったのはネタ見せの授業ですね。
――ネタ見せですか。
濱田 講師が3人くらいいて、みんな漫才の台本を書いてるようなベテランの構成作家なんですよ。その講師と生徒たちの前でネタを披露するんですけど、評価されるのは前半で伏線を張って後半で回収するとか、台本がきっちりあって盛り上がっていくようなネタ。俺はその日の朝に思いついたことをバーッと喋るだけですから、一番馴染まない。「こうした方がいい」って言われたことを取り入れてるうちに、自分のスタイルがぼやけてしまった。
――素人時代にできていたことが、型にはめられてできなくなった。
濱田 そうですね。NSCを卒業して劇場のオーディションを受けるようになってからも、ずっとしっくりきませんでした。自分でも「なんか演技くさい喋り方してんな」って思うし、それがお客さんにも伝わるんでしょうね。R-1でも2回戦とか3回戦で落ちるのが数年続いて。

