先天性の緑内障で生まれつき左目が見えず、当初は0.03あった右目の視力も小学生時代に繰り返した手術によって低下していったと語る、“盲目のピン芸人”こと濱田祐太郎(36)。
ゲームボーイの画面が見えなくなったショック、できないことが増えていく生活との付き合い方、そして「R-1ぐらんぷり2018」で優勝した軽妙な語り口からは想像できない「物静か」だったという少年時代やお笑いとの出会いについて話を聞いた。(全3回の1回目)
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――濱田さんは舞台の自己紹介などで「ほとんど目が見えない」と言っていますが、その「ほとんど」とはどれくらいなのですか。
濱田祐太郎(以下、濱田) 右目だけは明るいか暗いかがわかるぐらい。左目は物心ついた時から全く見えてなかったです。
――今も右目では明るさを感じられるんですね。
濱田 はい。光が当たってるかどうかはわかります。
辛うじてゲームができた視力が手術のたびに落ちていき…
――視力を失ってしまったのは生まれつきの病気が原因だったんですか?
濱田 そうですね、生まれつきの緑内障なのできっかけみたいなものはないんです。生まれた時からかなり見えづらくて、さらにちょっとずつ視力が落ちていきました。
――見えていた時のことも覚えているんでしょうか?
濱田 子供の頃は右目が0.03くらいで、まだゲームができるぐらいの視力がありました。でも1年半とか2年に1回のペースで手術して、そのたびにちょっとずつ見えなくなっていって。
——何の手術だったのでしょうか。
濱田 子供の頃は眼圧が安定しないらしくて、それを無理やり安定させるために手術するんです。手術をしたら視力は落ちてしまうけど、手術をしなかったら失明する可能性が高い。その二択なんです。
——視力が落ちるとわかっていて、それでも手術するしかない。子供ながらに、その選択の重さは感じていましたか。
濱田 いや、そこは自分で選んでるわけじゃなくて、お医者さんと親が話して決めてたことだから。手術しなかったら失明するんで、まぁしょうがないですよね。

