まるで漫才師のような山崎と藤井猛
山崎がいるととても楽しい。藤井猛との掛け合いに、皆笑い転げる。「私がわざわざ大阪まで出向いて君に矢倉で勝った将棋、覚えてない?」と藤井が言えば、「自分が指した将棋、1か月経つと忘れますから」という具合だ。
同じ居玉システムを作った2人だというのに、意見は全く合わない。糸谷が陣形に手を入れて、左の銀を動かす局面で、山崎が継ぎ盤の銀を真っ直ぐ上がると、藤井が「ええっ」と驚いて銀を斜めに動かし直し、「当然玉に近づけるでしょう。次に右に玉と寄ってさらに銀を玉に近づけて」。しかし山崎も「それは全体のバランスが悪いでしょ」と一歩も引かない。
やがて山崎の推奨手を糸谷が指すと、山崎は「やっぱり」と言い、藤井は「筋が悪いねえ」。おいおい、55歳と45歳のいい年したオッサンが何を言い合っているの。9年ぶりくらいに会話したとか言っていたが、長年コンビを組んでいる漫才師のようだ。
これじゃ中学生の頃の勇気(佐々木勇気八段)と高見(泰地七段)の会話と変わらないよ。いや、勇気は今も同じか。
山崎を奮起させた村山の言葉
せっかくの機会なので、2人に村山のことも聞いてみた。
「村山さんは生前、『山崎君はA級八段になれる男です』と語っていた、と観戦記者の池崎和記さんが書いていたよね」と聞くと、山崎は「村山さんは雲の上の存在でした。弟弟子には厳しかったですが(笑)」。
『将棋世界』の追悼号では山崎は、
「四段になってからも将棋を見て『山崎君、もうちょっと強かったと思ったけどな』と見たまんまを言ってくれる人でやる気も出るしうれしい気持ちにさせてくれた。歯に衣着せぬ人だったけど根がやさしいから村山先生を嫌いな人なんて聞いた事がない」
とつづっている。



