山崎が最後まで見届けた糸谷の粘り

 名人戦はというと、1日目から藤井が優勢だったが、糸谷はずっと粘り続けた。開幕前は、長考派の藤井と早指しの糸谷の対決とあって、どれだけ消費時間に差がつくだろうかと思っていたが、糸谷のほうが時間を使っている。

 藤井の指し手は堅実そのもので、なかなか差が縮まらない。それでも控室の予想をことごとく外す糸谷の独特な粘りで、怪しい雰囲気になってくる。

藤井聡太名人(写真提供:日本将棋連盟)

 近藤が「いやあ、この粘りは私にはできないなあ」と感心したように呟く。藤井は永瀬拓矢九段とのタイトル戦では指し手に淀みがなかったが、今回は一手指すごとに考えている。2人は読み筋がまったく噛み合わないのだ。2人とも読んでいてしんどいだろうなあ。

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 午後5時の夕食休憩まで持たないかと言われていたのが、いつの間にか午後8時を回った。山崎は「藤井勝ち。もう帰る」と言いながら、大盤解説会にゲスト出演した以外は、継ぎ盤の前から離れない。

 糸谷の粘りが功を奏し、藤井の飛車を捕獲した。色めき立ち、盛り上がる控室。山崎の目が一瞬輝いた。だが、藤井の「歩頭の桂」が発動し、飛車がするりと逃げていく。それとともに、控室の熱も潮が引くように冷めていった。

 山崎が「何を熱狂していたのかなあ」とぼやく。糸谷は1分将棋になるまであがくが、藤井の指し手は冷静そのもの。午後9時5分、136手にて名人勝ち。

 あれだけ「帰る帰る」と言っていた山崎は、最後まで見届けた。しかし対局室には入らず、関係者に丁寧にあいさつして椿山荘を後にした。