『かなたの子』『曽根崎心中』『紙の月』……チャレンジは続く
――では、以降も泉鏡花文学賞を受賞した幻想的な『かなたの子』(11年刊/のち文春文庫)はチャレンジングだったのでは。
角田 そうでした、そうでした。
――近松の原作を翻案した『曽根崎心中』(12年リトルモア刊)でも、また違う作風に挑戦していますよね。『紙の月』(12年刊/のちハルキ文庫)は女性銀行員の横領の話ですが。
角田 これはちょっと変わった恋愛小説を書きたかったんですよ。それで、ああ、横領して成り立つ恋もいいかな、みたいに思って、いろんな過去の事件を調べてみると、たいてい女が男に洗脳されたり暴力を振るわれたりして、女がやらされている。貢がされているような記事しかなくて。でもそれって本当かな、と思ったんです。それで、女が積極的に主導権を握る恋愛にしようと決めました。
――考えてみれば、その後は『平凡』(14年新潮社刊)がありますが、短篇集の刊行がだんだん減ってきていますね。
角田 そうなんですよ。受けないようにしているんです。
――文庫オリジナルの『それもまたちいさな光』(12年文春文庫刊)、『月と雷』(12年刊/のち中公文庫)、『空の拳』(12年刊/のち文春文庫)があり――これはボクシング小説で、男の人ばかりの小説でしたね。
角田 はい。嫌な男しか書かないと言われていたので、いい男を書こうと思って(笑)。いい男を書くという課題をクリアしたかったことと、あともうひとつきっかけがあります。もともと沢木耕太郎さんのスポーツルポをいいなと思っていて、でも私にはこういうことが書けないと思っていたんです。でも三浦しをんさんの『風が強く吹いている』を読んで、すごいなと思って。身体の動きをこんなにペンだけで描けるというのがすごいと思い、私もやりたいなと思いました。それで、身体の動きを書くために、ボクシングを選びました。
――角田さんご自身がボクシングジムに通われているからかと思いました。
角田 あ、私はほとんどのスポーツのルールが分からないんですね。で、ボクシングだけ分かるというシンプルな理由です。
――そして翌年の『私のなかの彼女』では、嫌な男を書くわけです(笑)。主人公の女性が小説家になっていく。その過程で、大学生の時からクリエイターとして活躍している恋人との間に問題が生じるんですが、この彼の言動がもう、ぞわぞわさせますよね。主人公の職業を小説家にしたのはどうしてですか。
角田 この人は何を言われた時に傷つくかなと考えた時に、やっぱり他の仕事だと想像できないと思ったんですよね。で、小説家なら何を言われたら傷つくか、だいたいのところが分かると思って。でも、設定としてはこの和歌という主人公を自分とは違うふうにしたんです。正反対にしたんです。小説家になろうなんて考えたことがなかったのに、なっちゃった人。そうすれば「作家になりたかったことなんてなかったじゃん」と言われた時に、すごく傷つくだろうし不安になるはずだと考えました。