この夏、日本映画界に重要な足跡を遺してきたレジェンドたちの訃報が続いている。加藤剛、橋本忍に続いて、津川雅彦が亡くなってしまった。
津川には二度、長時間の取材をさせていただいた。多くの名匠・名優との現場、当たり役でもある徳川家康論、代名詞ともいえる濡れ場の見せ方。その芸談は多岐にわたり、大いに盛り上がった。教養あふれる話の内容と、品格の漂うたたずまいに、心震えた。
印象的だったのは、最初の取材の帰り際のこと。お見送りしようとしていたところ、急に振り返って「楽しかったね」と言うと、こちらにウィンク。その茶目っ気ある表情のチャーミングさたるや――。
教養、品格、茶目っ気。そんな実際の津川に触れて思い浮かんだのが、今回取り上げる『濹東綺譚』だった。
昭和初期の東京を舞台にした本作で、津川は原作者でもある文豪・永井荷風を演じているのだが、劇中での様が、取材での津川自身の姿とオーバーラップしてくるのだ。
物語は荷風の日記がベースになっており、その日常が綴られていく。「洋行帰りの文豪」である一方で、女に目がなく放蕩三昧。「男に肉体の歓喜を与えない女がどうして女の値打ちがありましょう」と平然と言い放つ。一つ間違うと厭らしく不快な作家に思われかねないのだが、津川は魅力的に演じていた。
序盤から、その一挙手一投足に惹きつけられる。白い三つ揃いでカフェに出かけた際の、給仕にパナマ帽を渡す動き。母親を前にしているのに若い愛人と交わす濃厚なキス。その一方での金を脅し取ろうとする女からコソコソと逃げ隠れする姿や、母から説教されている最中に気にせずスイーツを食べる姿。そして、繰り広げられる数々の情交。
いずれの場面でも、津川の芝居は自然で「様」になっており、その洒脱さのために、荷風の姿は遊び人でありながら品格を失っていないように映っていた。本作での荷風の行いの大半は「ただのドスケベ」とも言えそうなのだが、品と教養と茶目っ気が絶えず感じられるため、一連の放蕩が「文学的」に思えてしまう。
終盤、印象的な場面がある。
荷風は深い関係になった娼婦のお雪(墨田ユキ)から「お嫁さんにして」と迫られる。受け入れる荷風。が、この時の津川の表情は実に切なげで、これで別れになるという予感に満ちていた。そして、最後の濡れ場。実に濃厚なのだが、愉悦の表情を浮かべる墨田に対して津川の哀愁の表情。このギャップにより、濃厚になるほどに濡れ場が哀しく際立つことになった。
津川雅彦。魅力的な遊び人像を提示できる名優だった。