ただ、ほとんど居抜きで始めたバーと違って今回は内装やデザインにもお金がかかる。物件は1階と2階との合計30坪で家賃が70万円。保証金や運転資金などを考えると、5000万円が必要になり、また兄に連帯保証人をお願いしました。今度は1500万円です。兄は渋々ながらサインをしてくれました。さらに会社員時代に息子同然にかわいがってくれた上司も『お前やったらやれるやろ』と1500万円をポーンと出してくれた。その他、実家の母からも借りて、なんとか都合をつけました」

 新店舗は当たった。大阪のトレンド発信基地として認知され、半年後には1店舗目のバーもデザイナーズレストランに業態変更した。

その後、貫啓二さんが創業した「串カツ田中」は、いまや居酒屋として全国に344店舗を展開。写真は創業当初の「串カツ田中」で調理する貫さん

次は東京で「勝負や」

 さらに勢いは加速する。2004年、貫は東京・青山に「京料理 みな瀬」をオープンさせた。

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「ここが勝負やと思っていました。大阪でデザイナーズレストランをやって、かっこいいだけではダメだと気づいたんです。長く続く店には哲学がある。対してトレンドは移り変わる。流行に左右されない店が集まる土地で、強い店を作ろう、と考えていました。そんな折、青山の骨董通り脇の超一等地の屋上物件に巡り合ったんです。元々オーナーが住居に使っていたというペントハウス部分を飲食店に仕立て、屋上は庭園にしつらえました。料理も腕の確かな和食の職人を採用できた。『これは行ける!』と自信満々でオープンを迎えました」

 人目につく立地ではなかったこともあり、開店当初は苦労したが、ほどなく雑誌「東京カレンダー」で紹介されると予約が殺到した。

「青山の路地裏の屋上という隠れ家で内装も料理もきっちり作り込みました。特に青山に来るような人には喜んで頂けてリピートも結構してもらえるようになったんです」

 だが目論見どおりには運ばなかった。想像以上に出費がかさんだのだ。

創業当初の「串カツ田中」(世田谷店)

※この続きでは、倒産寸前に追い詰められた貫啓二さんが「串カツ田中」を創業するまでの経緯が語られています。約1万1000字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年5月号に掲載されています(松浦達也「串カツ田中・貫啓二 倒産寸前の会社を救った『1枚のレシピ』」)。

文藝春秋

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串カツ田中・貫啓二 倒産寸前の会社を救った「1枚のレシピ」

出典元

文藝春秋

【文藝春秋 目次】東京極秘対談 ティール×トッド 世界は終末を迎えているのか/池上彰×佐藤優 “暴れ獅子”トランプと“女豹”高市の生きるか死ぬか/官邸官僚の第二の人生

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