かつては国内に無数のタルトンネが存在していたが、再開発によって次々と姿を消していった。カンナムにあるのは、ソウルに残された「最後のタルトンネ」である。そして、この「最後のタルトンネ」もまた、まもなく消え去ろうとしていた。

夕方になるとタワーマンションの影がタルトンネを覆う ©NHK

立ち退きを拒む人々

 2025年夏、「ソウル住宅都市開発公社」が、タルトンネ一帯の土地の権利を取得した。バラックを取り壊し、30棟を超す「タワーマンション村」の建設を進めるためだ。韓国は日本とは比較にならないほど、首都への一極集中が進む社会であり、首都圏には全人口の半数が居住する。不動産価格の高騰は著しく、再開発による住宅不足解消は政府の至上命題でもある。

 国家的な要請が、タルトンネにも及ぼうとしていた。開発公社は2025年中の全住民立ち退き完了を目標に掲げ、1107世帯が立ち退きを命じられた。だが、その一部は立ち退きを拒み続けていた。

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 彼らはどのように日常を生きているのか。なぜ、ここで生きてきたのか。なぜ、街を出て行かないのか(行けないのか)。「最後のタルトンネ」を記録に残したい、と思った。

タルトンネに常駐するソウル住宅都市開発公社の警備員 ©NHK

「この町は韓国の恥部だ。私たちを晒し者にするつもりなんだろ?」

 現地に降り立ったものの、路地には人通りがほとんどない。住んでいるのか、住んでいないのかも分からない、朽ち果てたバラックばかりだ。「空き家閉鎖」と書かれた板が打ち付けられた家もある。

 かろうじて出会った住民からは、厳しく、冷たい視線を向けられた。

「日本からわざわざ来て、こんな町を撮ってどうすんだ。もっと韓国には撮るべきものがあるはずだ」

「この町は韓国の恥部だ。私たちを晒し者にするつもりなんだろ?」

 カメラを携える私たちに放たれた言葉は、これまでに彼らが社会から向けられた視線を物語っているように思えた。この町の生活を記録に残したい。そう述べても、理解を得られることはなかった。町を歩き回りながら、ただ時間だけが過ぎていく。

タルトンネの路地で誰かに偶然出くわすことはほとんどない ©NHK

 ほとんど成果が得られないまま、10日ほど経ったときのことだ。路地のどこからか、話し声が聞こえてくる。ボロボロに朽ちたベニヤ板の扉で閉ざされた門の奥に、声の主がいるようだ。

 恐る恐る声をかけ、扉を開けると、バラックの納屋のような空間で、年老いた女性と中年の男性が缶ビールを空けていた。