時代の波には逆らえない
しかし、時代は徐々に鉄道からトラックへ。貨物輸送の主役が自動車へと切り替わると、清水港線も静かに存在感を失ってゆく。
旅客輸送も、1972年からは1日たったの1往復だけになっている。下りは朝に清水駅を出発し、上りは夕方の清水行き。貨物とともに工場への通勤客を運んでいた。
そして、時代の波に抗えず、1984年に清水港線は廃止されたのである。
折戸湾の南端で国道150号と分かれると、清水港線は進路を変えて三保半島を北上する。西には港、東には県道199号。折戸駅の跡はホームなどの痕跡は一切なく、ちょっと広めの公園になっているだけだ。
そのすぐ東、県道を渡った先には東海大学静岡キャンパスがある。東海大学にとっては最初のキャンパスで、開校時は本部を置いていた由緒ある場所だ。だから、貨客混載の清水港線に乗って通学した大学生もいたのかもしれない。
折戸駅跡から先も、ずーっと遊歩道。自転車ですれ違うのは地元の高校生くらいで、あとは散歩している地元の人の姿がちらほらあるくらいだ。そうして終点の三保駅へ。そこは、三保ふれあい広場という公園になっている。
公園の中には、機関車とタンク車が展示されていた。日本軽金属の工場へと続いていた引き込み線を通じ、アルミナ(酸化アルミニウム)を運んだタンク車なのだとか。その脇には、三保駅の古いホームが残っている。
公園の中には桜が咲き乱れ、一般的なものよりもだいぶ低いホームに腰掛けて、地元のおじいさんたちがお花見を楽しんでいた。清水港線がなくなって、早40年以上が経っている。
撮影=鼠入昌史
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