世の中全体から敵意を向けられているような気持ちでいた
――手帳をもらうと、社会の見え方は変わりましたか。
杉田 自分で自分を認めざるを得なくなったことで、マイノリティの中にいるんだ、という意識がすごく湧きました。立ち位置がはっきりしたことで、実にいろんなものが“目が見える人前提”で作られていて、自分はそうした「スタンダード」から外れたことを実感させられる。
世間からはじかれているように感じ、いじけのような感覚が強くなっていた時期もありました。僕は右目の方が先にダメになったので右側の視野がなく、街を歩いてると、右側からいきなり人が飛び出すように見える。世の中全体から敵意を向けられているように思え、性格も内向的になりました。家族にもちょっとしたことで怒ったりして。
――どういう時に怒っていたんですか。
杉田 「わからない」を連発していました。「どこに何があるかわからない」「口で言ってくれないとわからない」「俺のことなんてわからないだろう」と。ひどい言葉を投げつけた後、家族が悲しそうにしてるかもしれないけれど、表情もわからない。自己嫌悪で、感情はぐちゃぐちゃでした。
やっぱり、コミュニケーションのなかでも視覚情報は多いんですよね。そうでなくても、相手の表情を読み、感じ取るのが記者じゃないですか。だから、自分のコミュニケーション能力が落ちたことに鬱々として、内に閉じちゃう感じはありました。外に行きたくなくなりますし、飲み会も「ごめん、忙しいから」と言って断ってしまう。
――誘われても断るのは、なぜですか。
杉田 だって、醤油がどこにあるかわかんないし、立場上自分が取り分けなくちゃいけないのに、そうした気遣いができない。「お前、年上にそんなことやらせんのか」と言われるようなことが起きる。まだ若干見えていた時は、飲み会が予定されれば、事前にグルメサイトでメニューを全部調べて、頭に叩き込んでから行っていました。そして店では、さもメニューが見えているかのように振る舞う。場合によっては下見もしました。
粗相するのが恥ずかしいんですよ。人に気を遣われたくない以上に、自分がカッコ悪いところを見せたくないという気持ちが、当時は強かったかもしれません。カミングアウトする前が、いちばんしんどかったですね。

