NHKラジオ『Nらじ』金曜日キャスターの杉田淳(すぎた・まこと)さん(56)は、中途視覚障害者だ。1993年に入局した後、20代で緑内障を発症しながら政治部で奮闘。ただ、日に日に視野が狭くなるなかで、生放送でのしくじりや緊急対応ができないことに限界を感じ、部を離れた。そんな杉田さんを新たな道へと導いたのが「ラジオ」という場だった――。(全3回の第3回/最初から読む)
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ニュース番組が縁で『Nらじ』の金曜日キャスターに抜擢
――目が思うように見えなくなる生活で、聴覚に対する意識も変わりましたか。
杉田淳さん(以下、杉田) まさに、耳からの情報はこんなにあるんだと。
街なかに溢れる音の情報には、さまざまな意味があることを知るようになりました。駅の構内でピンポンという音に近づいていけば改札にたどりつくし、ホームに流れているチュンチュンっていう鳥のさえずりは、出口につながる階段や改札があることを伝えるための合図。
聴覚情報に敏感になると、サバイバル術のスキルが上がりました。人は見た目が9割というぐらいですから、見ることの方が圧倒的な情報量なんですよ。けれども、見えなければ見えないでなんとかしようとする。そして今、ラジオで、見えない立場の人の声を伝えるのは自分にしかできないことだと思っています。
――『Nらじ』の担当をするのは2024年からですよね。経緯は?
杉田 私がラジオの朝のニュース番組で、「みんなの選挙」という、障害がある人の投票をサポートする企画のリポートをやっていたんです。それを聴いていたラジオセンターの偉い人が、「やってみないか」と声をかけてくれて。
――話を聞いたときの、第一印象はどうでしたか。
杉田 自分に務まるのかと思いました。だって、緊急で原稿が入ってきてもすぐに読めないんだから。……でも今は、ニュースの伝え方はそれだけじゃないんだなと思っています。ラジオを続けながら、やっとそう思えるようになりました。
自分の強みは、見える立場と見えない立場の両方がわかること。当事者だから、伝えられることがある。ちなみに僕は、ラジオでは「障害者」という言葉を使わないと決めています。「障害の社会モデル」といって、「障害をもつ人が直面する困りごとは、社会や環境に起因する」という考え方があるんです。それを勉強したときに、僕はすごく心がラクになった。障害をもつ人を「障害者」という“個人の特性”にしない、ということです。だから、目に障害がある方、耳に障害がある方、という言い方をしています。
