現在NHKラジオ『Nらじ』金曜日キャスターを務める杉田淳(すぎた・まこと)さん(56)は、中途視覚障害者。20代で緑内障を発症し、今は右目は光もほぼ感じない。左目は左隅のわずかな部分で光や物陰を感じる程度だ。1級の身体障害者手帳を保持するが、長らく「持ちたくない」と頑なに拒んでいた。

 思い描いていた人生プランが崩れてゆくときの心境を、杉田さんが明かす。(全3回の第2回/最初から読む)

杉田淳さん ©三宅史郎/文藝春秋

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どうにもならない焦りと、どうしようもない絶望

――だんだん見えなくなる恐怖にさいなまれた。

杉田淳さん(以下、杉田) 仕事上では、誤字脱字の頻度が加速度的に増えました。もともとあまりそういうミスはしないタイプだったからこそ、他人から指摘されると、より“自分ができなくなってる感”、“何かを失ってる感”がすごく強くなりました。

「なんで自分が」と、めちゃくちゃ思いましたよ。自分の身に起きていることが信じられなくて、“いずれ失明するかもしれない”なんて考えたくなくて、現実が怖くて……目を背ける方向に走りました。しかも自分でできることは何もない。病院に行って、医者に診てもらって、薬ももらっている。以上、終わり。

 今から18年前なんて、ネットがようやく普及したばかり。病気に関する情報も少なく、症例を知る手段も思いつかない。それが38歳の時でした。

――キャリアとしては、脂が乗る頃ですよね。

杉田 新卒で入って以来、漠然とでも思い描いてきた記者としての人生があるわけです。このぐらいで役職を務めて、こんな感じで定年を迎えて……と。それが病気によって途切れることになる。「俺はいつまでこの会社にいていいんだろう」と、どうにもならない焦りと、どうしようもない絶望を抱えました。

©三宅史郎/文藝春秋

――そして、政治部から外れました。

杉田 それまでは、どこか“なんとかなる”と信じようとしていた自分がいました。でも、もう、とにかくしんどい。当時防衛省担当だったのですが、2008年2月にイージス艦衝突事故が発生した際、記者会見に駆けつけて、メモを取って、すぐ原稿を書かなくちゃいけないんだけど、スピードが求められるのに対処できない。

 緊迫する現場では、足手まといになる。そこでようやく「これが自分の現実なんだ」と覚悟を決め、上司に政治部を離れたいと伝えました。緊急時に正しく広く情報を届けるのは、特にNHKの使命でもあります。それなのに自分は人が1分で書けるものを5分かかる。そのうえ誤字脱字もある。ここではもう役に立たないんだと、気持ちがもちませんでした。