ラジオで見つけた新しい自分の役割

――『Nらじ』の反響はどうでしたか。

杉田 視覚障害のある人以外にも、ご病気でずっとラジオを聴いてますという方からお便りが来たり、点字のお手紙をくれる方もいます。印象深いのは、僕が視覚障害者向けの番組ではなく、一般ニュースのキャスターをやっていることが何よりも嬉しい、という声をたくさんいただいたことです。目線が違う人がいるということに、思い至らせてもらえました。

©三宅史郎/文藝春秋

 もちろん、しばらくは突発的なニュースに対応できないという不安は消えませんでした。2011年の東日本大震災時、僕は僕なりに、一生懸命電話取材などをしているんだけれども、やっぱり置いてかれる感じを受けたんですよね。ただそれから15年経ち、自分にしかできない伝え方があることに気づきました。

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 2024年1月の能登半島地震でも、発生から8か月経った9月、能登からリポートをしました。現地で車に乗るとガタガタと揺れる。そこから、道路が改修できていないことがわかりましたとか、輪島の朝市が行われていた場所では風がびゅーっと吹き渡っている感覚があり、賑わいがなくなっていることがわかりますとか。

 避難所生活には、障害がある方たちにしかわからない不安があります。どこで何が起こっているのか、トイレはどうなっているのか……。そういったことを、いろいろな方から話を聞いて伝えることには、政治部にいたときには気づいていなかった役割を感じています。今も番組をやりながら勉強しているところです。

©三宅史郎/文藝春秋

気持ちの持ち方ひとつで世の中の見え方は変わる

――視覚障害が進行し、行動範囲を制限する時期もあったとお聞きしました。今、いかがですか。

杉田 『Nらじ』には「半径2メートル」という、僕の日常生活の何気ないことを紹介するコーナーがあるんですけど、いちばん反響があったのが、僕がどこかにおでこをぶつけてたんこぶを作った、という話なんですよ。

 残念ながら最近は歩くのが上手になったので、もうあまりぶつからなくなったんですが、それでもぶつかると、「オイシイ」なと思います。おっ、これはラジオのネタになるなと。