骨髄で血液細胞が正常に作られなくなる「骨髄異形成症候群(血液がん)」の診断を受けた花村萬月さん(71)は、骨髄移植を受けることで病気を克服した。ただ、骨髄移植後に花村さんが直面したのは凄まじい苦しみの連続だった。『ハイドロサルファイト・コンク』で花村さんが描いた闘病経験を語る(取材・構成=稲泉連)。

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 GVHD(移植片対宿主病)による様々な症状が始まった。とくに花村さんを苦しめたのが、喉の奥までびっしりと広がった口内炎による凄まじい痛みだった。

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 唇は膨れ上がり、舌も喉の穴が見えなくなるほど腫れ上がっていた。水を口にすると、まるで剣山を飲み込んだような痛みに震える。熱も続いており、担当医は腫れと糜爛の酷さを見て、モルヒネの24時間連続投与を決めた。

花村萬月さん Ⓒ文藝春秋

 だが、花村さんはこのときも『群像』に連載していた『帝国』を始めとして、いくつもの小説を書き続けていた。

「この24時間続くうっとうしい現実から逃げるには、虚構の世界に遊ぶしかなかったから。あまりにも現実が苦しすぎて、意識をどこか別の場所に飛ばさないとやっていられなかった。それが俺にとっては、つまり小説を書くことだったんだ」

 医療用のモルヒネの点滴を受けていると、頭の中が妙に濁りのないクリアな状態のまま、現実との接点が曖昧になっていく、という言葉にするとどこか矛盾する感覚があった。時間の感覚がおかしくなり、気づいたら「45分後にワープ」していたりした。

入院中の執筆に使っていたキーボード。体の上に乗せて使っていた Ⓒ文藝春秋

 そのとき、いくつものチューブにつながれてベッドに横たわる花村さんは、ワイヤレスキーボードをお腹の上に乗せていた。病院にある医療用テープでキーボードに目印をつけ、ただただタイピングを続けた。モニターを見る気力はなかった。モルヒネの影響で書いている最中の記憶がないことも多かった。

「体はボロボロでも、指先だけはまだ俺の意志に従って動いていたんだね。娘には『いま、小人さんが書いてくれているんだよ』なんて話していた。文字通り『自動筆記』の状態だよ」