12倍のステロイド剤
骨髄移植の後、皮膚が生まれ変わっていく過程も苦しい合併症の一つだった。ぼろぼろと皮膚が裂け、それから新しい皮膚が生まれてくると、体中がまだら模様になった。薄い皮膚では物を触る度に激痛が走り、足裏は体重を支えられず歩行困難になった。自身の爪と新たな爪が重なって生えてくる「二重爪」という状態も経験した。
退院して自宅療養になってからも、いくつもの大きな問題が続いた。自宅に戻って3か月後、高熱と呼吸困難で倒れ、病院にかつぎこまれた。診断は間質性肺炎で、レントゲンに映る肺が真っ白になっていた。そして、内視鏡による検査でGVHDに由来する肺炎であることが分かり、治療として行われたのが、従来の12倍ものステロイド剤を服用するというものだ。
「炎症を抑えるために大量のステロイドを飲むんだけれど、これが精神を激しく揺さぶるものだった。飲んでいる間は万能感に包まれてハイになり、原稿も驚くほどよく書けてしまう。でも、薬の効き目が切れてくる夕方になると、底なしの『鬱』がやってくるんだよね。ステロイド鬱、というらしい。『死にたい』というのではなく、息をしているのが嫌だ、息を吸って吐くという活動そのものが耐え難いほどにうっとうしく、忌々しいんだ」
だから心なんてものは――と花村さんは、どこか可笑しそうに言った。
「たかだか化学物質一つでここまで無残に変容してしまう。機械論には与(くみ)したくないけれど、人間なんて結局のところ精密な機械に過ぎないんだな、と思うようになったよね」
※この続きでは、花村萬月さんが「シモの三重苦」を振り返っています。約5600字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年5月号に掲載されています(花村萬月「血液がん 大量のステロイドで万能感と底なしの鬱を行き来した」)。
短期集中連載 がんで生まれ変わった10人 稲泉連(ノンフィクション作家)

大腸がん
「打てば忘れる。でも、消せない不安がある」
原口文仁(元阪神タイガース)

乳がん
「がん家系だからこそ『標準治療』のメッセージ」
梅宮アンナ(タレント)

胃がん・食道がん
「保釈直後の闘病が『あきらめない』の原点」
鈴木宗男(参議院議員)

膀胱がん
「病と向き合って竹下登の気持ちが分かった」
御厨貴(政治学者)

大腸がん・腎臓がん
「二度のがん、妻のがん死を経験した専門医の発見」
垣添忠生(日本対がん協会会長)

食道がん
秋野暢子(俳優)

腎臓がん・前立腺がん
「病は最初の選択が人生を大きく変えてしまう」
保阪正康(昭和史研究家)

十二指腸乳頭部がん・膵臓がん
「臓器五つなくて元気なのは縁起いい、と仕事が増えた」
安藤忠雄(建築家)
血液がん

「大量のステロイドで万能感と底なしの鬱を行き来した」
花村萬月(作家)
小細胞肺がん

「三つ目の病院で医師への不信感が払拭できた」
落合恵子(作家)
出典元
【文藝春秋 目次】東京極秘対談 ティール×トッド 世界は終末を迎えているのか/池上彰×佐藤優 “暴れ獅子”トランプと“女豹”高市の生きるか死ぬか/官邸官僚の第二の人生
2026年5月号
2026年4月10日 発売
1300円(税込)
