■短期集中連載 がんで生まれ変わった10人
・大腸がん「打てば忘れる。でも、消せない不安がある」 原口文仁(元阪神タイガース)
・乳がん「がん家系だからこそ『標準治療』のメッセージ」 梅宮アンナ(タレント)
・胃・食道がん「保釈直後の闘病が『あきらめない』の原点」 鈴木宗男(参議院議員)
・膀胱がん「病と向き合って竹下登の気持ちが分かった」 御厨貴(政治学者)
・大腸・腎臓がん「二度のがん、妻のがん死を経験した専門医の発見」 垣添忠生(日本対がん協会会長)
拘置所を出て4週間後の人間ドックで……
「橋本政権、小渕政権、森政権と続いた約5年間、この鈴木宗男は権力のど真ん中にいたわけです」
衆議院の解散が決まる直前、永田町の参議院議員会館の一室で鈴木宗男さんが語り始める。78歳にしてエネルギーの塊のような人だ。ときおり秘書を大声で呼んで当時の新聞記事を探すように指示し、来客で中座しても隣室からの話し声が響き渡るように聞こえてくる。だが、自身のがんの経験を語っているときは少し黙り込み、しばらく言葉を探すようにして彼はこう話したのだった。
「……人間というものは、いいときは前しか見ないものなんですね。しかし、国家権力によって逮捕され、さらに胃がんという病気になったことで、私は確かに自分が変わったと思っています。権力の真ん中にいた時は前しか見ていなかった視線が、自然と横や後ろにも向くようになったわけですから」

鈴木宗男という政治家の人生は、知っての通り、まさに波瀾万丈という言葉を地で行くものだ。かつては北方領土問題をはじめとする外交の場で存在感を発揮し、第二次橋本内閣の際は北海道開発庁・沖縄開発庁長官として権力の中枢にいた。しかし、2002年にその政治家としての歩みは暗転、当時の小泉政権から「抵抗勢力」といわれ、斡旋収賄容疑で逮捕され、437日間に及ぶ勾留生活を送った。そして、2003年8月29日に保釈が認められて拘置所を出て、約4週間後に受けた人間ドックで見つかったのが胃がんだった。
「私はそれまで、人間ドックを毎年受けていたんです。しかし、あのときは小泉政権の誕生でばたばたした後、1年3カ月もの拘置所生活でしたから、結局、トータルで3年ほどドックを受けていなかったんです」
日本たばこ産業東京専売病院(現・国際医療福祉大学三田病院)で受けた検査で、鈴木さんは医師からこう伝えられた。
「ステージ2か3、転移している可能性が極めて高いです」
その後、築地の国立がんセンター中央病院にセカンドオピニオンを求めたが、結果は変わらなかった。
拘置所にいた間、体調の変化は全くと言っていいほど感じなかった。自分では「どこも悪くない」と思っていただけに衝撃を受けたが、主治医に言わせれば、「胃潰瘍なんてものはストレスから一晩で起きてしまう」とのことだった。
「振り返れば、あの頃の私は常に『負けてたまるか』『ふざけるな』という怒りに突き動かされていました」と振り返る鈴木さんは、今では当時のことを次のように理解しているという。
「当時、私は小泉純一郎さんや田中真紀子さんと真っ向からぶつかり、『抵抗勢力』の急先鋒のように扱われていましたからね。さらに言えば、大阪地検が抱えていた『裏金問題』のスケープゴートにされたという思いが私にはあって、拘置所にいるときは『絶対に屈しない』という強い思いで自分を鼓舞し続けていたんです。おそらく、その思いが大きな負担となって体に蓄積していたことも、紛れもない事実だったんでしょう」
人生は無情だな
精密検査で「ステージ2か3」の可能性を指摘されてからは、しばらく「なんとも言えない落胆と悲観」の中にいた。なぜ拘置所での孤独な戦いを終えたばかりの自分に、神様はさらなる試練を与えようとするのか――という思いが胸に去来し、ただただ「人生は無情だな」という思いに一度心がとらわれると、「もう一歩も前へ進めないような気持ち」から抜け出せなくなった。
「あんなに強気だった私が、声も出なくなってしまった。病院から帰る車の中でも、秘書と一緒に涙、涙でしたから」
しかし1週間ほどそうしていると、「むくむくと『負けてたまるか』という気持ちが湧いてきたんです」と鈴木さんは振り返る。
「病は気からという。だから、最後は精神力だ、と。神様からもらった命、ある限りは戦ってやろう、と。そこでパッと気持ちが入れ替わったんです」

彼にそう思わせたのは「選挙」だった。人間ドックによって胃がんの診断が下された10月、当時の小泉首相は衆議院を解散し、11月9日に「構造改革」の是非を問う選挙が行われることになった。その選挙戦がまさに始まろうとしていた。
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