がんという病は人生をどう揺らし、何を変えるのか。令和のがん体験者たちの生き方に学ぶ
■短期集中連載 がんで生まれ変わった10人
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・乳がん「がん家系だからこそ『標準治療』のメッセージ」 梅宮アンナ(タレント)
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・膀胱がん「病と向き合って竹下登の気持ちが分かった」 御厨貴(政治学者)
・大腸・腎臓がん「二度のがん、妻のがん死を経験した専門医の発見」 垣添忠生(日本対がん協会会長)
大きな進歩を遂げた、がん医療のいま
「私が働き始めた20年前と比べると、がん病棟の雰囲気もずいぶんと変わりました」
東京湾からの汐風が吹きつける江東区有明。国内のがん治療を牽引する「がん研究会有明病院」の診察室で、腫瘍精神科部長の清水研さん(54)が穏やかな口調で話す。
清水さんが精神腫瘍医として働き始めたのは2003年、精神科医の一般的な研修を終えた31歳の時だった。以来、がんとともに生きる人の心を支える医療を一貫して続け、これまでに対話した患者・家族は5000人を超える。そして自身がこの仕事に携わるようになった当時を思い返すとき、いまも胸に蘇るのが、かつての病棟に流れていた重く張り詰めた空気だという。
「今ほどがんの治療成績はよくありませんでしたし、痛みのコントロールも十分ではありませんでしたから。よって、当時はがんという病気そのものが、現在よりもっともっと直接的に『死』を連想させるものとして受け止められていた時代だったと思います」

それからの20年余りの歳月の中で、がん医療は大きな進歩を遂げた。手術や放射線治療、化学療法の技術、新たな治療法の研究の進展によって生存率は向上し、治療の副作用の軽減や緩和ケアの体制もはるかに整っている。そのなかで、患者は自らの病状を把握した上で、医師とともに治療方針を選んでいくようになった。
「なぜ自分が?」という問い
だが、医療がどれほど進歩し、社会の受け止め方が変わっても、「変わらないものがある」と清水さんは話す。
「がんと告げられた瞬間の衝撃や苦悩は、患者さんにとって今も昔も同じ重みをもっています。心の側面から見れば、がんは今も『人生そのものを脅かす病気』であり続けていると言えるでしょう」
それがこの20年の間、精神腫瘍医として多くの患者と出会い、対話を重ねてきた清水さんの実感だ。
「私たちは普段、10年後も20年後も今の日常が続いていくと何となく信じて生きています。健康な時は、今日と同じ明日が来ることに疑いを持たないでいられる。ですが、がんの告知はその前提を根底から突き崩します。『5年生存率』といった言葉が診療の中で使われるように、昨日まで当たり前だった未来が、明日も来るのか分からなくなるわけですから。その心理的衝撃の大きさは、時代が変わっても、治療法が進歩しても、大きくは変わっていません」
清水さんが勤務する「腫瘍精神科」とは、まさにそうした衝撃によって生じた心の揺らぎを受け止めるための場所である。
担当医の勧めや自らの希望によってやってくる患者に対して、同科が担う役割は大きく分けて二つある。一つは告知のショックによる不眠や抑うつ状態など目に見える症状に対し、カウンセリングや薬物療法を用いて苦痛を和らげる医学的な心のケアである。そして、腫瘍精神科の本質とも言えるのが、もう一つの役割だと清水さんは解説する。
「それが患者さんの人生の伴走者としてその思いに耳を傾け、『なぜ自分が?』『これからどう生きればいいのか?』といった正解のない問いへの向き合いを支えることです。特に告知後しばらくの間は、心理的な危機を迎える患者さんも多い。人生の土台が揺さぶられれば、心が激しく揺れるのは当然のことです。そのなかで、担当医や家族にも言えない悩みや不安を打ち明ける方も少なくありません」
悲しみを言葉にしてみる
清水さんは診療のなかで、まず「何にいちばん困っているのか」を言葉にしてもらうようにしていると続ける。再発への恐怖、家族への思い、仕事を失う不安――漠然とした恐怖を具体的な「言葉」に変えると、不安が少しだけ「扱いやすいもの」へと変わるからである。
「大切なのは、その不安を消そうとしないことです。不安には理由があり、それをなかったことにしようとすると、かえって苦しくなることが多いからです」
診察室を訪れる人々は、最初から理路整然と自身の思いを語れるわけではない。初めは何がつらいのか分からず、沈黙ばかりがただただ続くときもある。
「しかし、その揺らぎの時間そのものを肯定しながら対話を続けていると、『ああ、自分はこれを失ったと思っていたんだな』と本人が気づく瞬間がある。そのとき、感情は少しずつ言葉になり、ただの漠然とした塊だった悲しみが扱えるものに変わっていく。悲しみを通り抜けずに前に進もうとすると、人はどこかで立ち止まってしまうものです。その意味で悲しみを言葉にすることは、前に進むための通過点であると言えるのです」
がん患者の不安に寄り添う日々の中で、清水さんは多くの「変化」を目撃してきた。最初は強い不安によって身動きが取れずにいた患者が、ある時期を境に静かに動き始める。心理学ではこの心の動きを、「心的外傷後成長(PTG:Posttraumatic Growth)」と呼ぶという。
「深い悲しみ、怒り、混乱を十分に通り抜けた先に、結果として現れることの多い価値観の変化です。私が多くの患者さんを見てきて感じるのは、この成長にはいくつかの明確な側面があるということです」
清水さんの解説をまとめると次のようなプロセスだ。
1 人生への感謝
朝起きて食事ができる、窓の外の木々が揺れているといった日常の些細なことが、大きな重みと輝きを持つようになる。
2 新たな視点
日常が当たり前のことではないと気づき、感謝の念とともに「その時間をどう過ごすか」「人生にとって本当に大切なことは何か」を深く考えるようになる。
3 他者との関係の変化
本当に大切な人は誰か、自分が誰に支えられているかが見えてくる。
4 人間としての強さ
他者の痛みや苦しみへの共感、困難を乗り越えていくことに対する自分の強さに気づく。
5 精神的変容
自分の人生を、人間の力を超える存在や力があるという思いの中で捉え直す視座が生まれる。
「腫瘍精神科は、そのプロセスを邪魔せず、横で見守る場所だと私は捉えています。人はそれぞれのペースでしか歩めない。だから、無理に次の段階へ促すことはしない。悲しみの中に長くとどまる自由も、言葉にならない時間も、等しく尊重されるべきだと考えています。結果としてそこに変化が生まれるのを待つ。それが20年間の経験の中で私がたどり着いた一つの姿勢です」
「自分がどう生きてきたか」
精神腫瘍学は1970年代後半から80年代にかけてアメリカを中心に生まれたものだ。がん告知の一般化によって強い不安や抑うつ、恐怖を抱える患者が増え、「治療後、患者の心をどう支えるのか」が臨床上の大きな課題として浮上した。そのなかで、がんと心の関係を専門に扱うサイコオンコロジー(精神腫瘍学)が確立されていく。

清水さんの原点にはがん治療をめぐるそうした時代の要請に加え、学生時代にノンフィクション作家の柳田邦男氏の『「死の医学」への序章』を読んだ経験がある。同書はがんを宣告された精神科医の体験を軸に、「治す医療」だけではない新たな視点の必要性を描いたノンフィクションで、「死と向き合う人のそばにいる精神科医」という仕事の存在をそのとき意識した。その後、精神科医としての一般研修を終えた30代の初め、国立がんセンター東病院で精神腫瘍学に出会い、「これは自分がやるべき仕事だ」と確信したと清水さんは振り返る。
それから20年以上にわたって患者との対話を続けてきた今も、患者の言葉に圧倒されることがあるという。
「彼らが語る言葉には、時に身構えるほどの重みがあります。死を強く意識したとき、人が語るのは仕事の成果でも、稼いだお金のことでもありません。語られるのは、親との確執であったり、恋人と過ごした何気ない時間であったり、友人とのやり取りであったりします。社会的な立場や外側の価値をすべて脱ぎ捨てたとき、最後に残るのは『自分がどう生きてきたか』という、極めてシンプルで剥き出しの真実だけなのかもしれません」
患者から教えられること
その時、医師である清水さん自身も、一人の人間として「あなたはどう生きるのか」という問いを突きつけられるという。
「患者さんから教えられることのほうが圧倒的に多いんですね」
人の痛みは結局のところ、他者には分からない。がんという体験もまた、同じ病名であっても、同じ重さで共有できるものではない。だからこそ、理解や意味づけを急がず、その人が語る言葉に耳を澄まし、語られない沈黙も含めて受け止めることによって浮かぶ固有の物語がある、といえるかもしれない。
がんという出来事が人生をどう揺らし、何を変え、あるいは何を変えなかったのか――これからがんを経験した人たちの声を聞いていくにあたって、私もまたそのような地点に立とうと思う。
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短期集中連載 がんで生まれ変わった10人 稲泉連(ノンフィクション作家)

大腸がん
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「保釈直後の闘病が『あきらめない』の原点」
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source : 文藝春秋 2026年4月号

