「文春は好かん」と後藤田は断った
私は本誌の連載「日本の地下水脈」で、長らく歴史の地下水脈を辿り直してきた。政治、経済、対外関係から、国民生活のありよう、そして私たちの歴史観に至るまで、いま社会の全域で深まる混迷に対して、地下水脈を経巡(へめぐ)った思索の微光を当てようという意図を持って続けてきた作業である。そのテーマを保持しつつ、今月からは新たな装いのもとで、人物論に挑んでみたいと思う。
第1回は、「カミソリ」の異名で畏怖された官僚政治家の後藤田正晴を新たな角度から論じる。本誌4月号に掲載された「戦争を知らない高市に後藤田が語った言葉」という論考で、私は、後藤田と高市早苗首相との35年前の知られざる邂逅について書いた。その論は多数の読者に読んでもらえたと聞いている。私も少なからぬ知人から、興味深く読んだと声をかけられた。戦争体験世代に属する後藤田は、高市を諭すように戦場の悲惨を語り、アメリカ中心の世界秩序への異議申し立てを示唆したのであるが、その言葉は現在をも鋭く射抜いていることが関心を集めた一つの理由であろう。私としては、後藤田のような歴史を体現した存在を語ることで、いまを独自に浮き彫りにすることができるという手ごたえを改めて得ることができた。
「昭和人」とは何者か
後藤田を語る前に触れておくべきことがある。それは、この連載には「忘れ得ぬ『昭和人』」というタイトルが付いているが、「昭和人」とは何者かということだ。そのためには、昭和史とは何かを問う必要がある。あえてひとことで言えば、昭和史とは「人類史の見本市」である。どういうことか。

1926年12月25日から1989年1月7日まで足かけ64年間続いた、昭和という元号によって規定されるこの期間には、戦争、ファシズム、侵略、革命、敗戦、占領、民主主義、暴力、平和、残虐、ヒューマニズム、貧しさ、豊かさ、高度経済成長、低成長、バブル経済……といった、ありとあらゆる人間的経験が詰まっているのだ。
この連載で私が取り上げていく「昭和人」とは、昭和生まれに限定されない。むしろ明治、大正期生まれの人物のほうが多くなるだろう。「人類史の見本市」である昭和史の影響を色濃く受け、昭和史に何らかの影響を与え、昭和史を一身に引き受けて、かつ、そのことを自覚して生きた者との理解になると言っていい。
その意味からすると、私は「昭和人」の後の世代に属する。物心ついてからは、敗戦以降の戦後史を経験してきた。ただ、私は昭和史研究者として、数多(あまた)の「昭和人」に会って証言を求め、交流し、彼らを歴史上に位置づける作業を重ねてきた。彼らの軌跡を見つめ直すことで、人類史のなかの人間観や歴史観を、いま私たちが生きる上での糧として語っておくことが私の役割ではないかと感じているのである。
例外はあるにせよ、今後、私が論じる「昭和人」は歴史に名を刻んだ者たちであり、時代を牽引した指導者層に属する存在が多くなると思う。歴史のなかで人は、権力を振るう者、権力を支える者、権力に従う者、権力の犠牲になる者、権力に歯向かう者など、様々な位相の渦中に置かれるものであるが、どんな局面においても、指導者と呼ばれる者が存在する。この連載では、人類史のなかで、すぐれた指導者と呼ぶことができるのは果たして誰なのかというテーマも透かし彫りにしていきたいと思っている。歴史に名を残す指導者であるには、単に有能であるということに留まらず、自覚的な歴史観や、時代を見抜く勘が必要なのである。
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