「戦後」の正体

第3回 「九条」と「平和」をめぐって

辻田 真佐憲 近現代史研究者

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ニュース 政治 昭和史

「したたかな外交」の表と裏

 

■「戦後」の正体

第1回 いまなぜ検証するのか?

第2回 「家」は「家庭」になった

第3回 「九条」と「平和」をめぐって 今回

 戦後日本は平和国家であり、戦死者をひとりも出していない。それは、憲法九条のおかげだ。しばしばそのような主張を耳にする。それはたしかに麗しい物語かもしれないが、戦後日本にまつわる神話のひとつというべきだろう。というのも、現行憲法のもとでも日本はすでに「戦死者」を出しているからだ。

 その歴史は、日本がまだ占領下にあった1950(昭和25)年にさかのぼる。

 同年6月、北朝鮮の奇襲により朝鮮戦争が勃発した。当初、米軍を主力とする国連軍は釜山周辺まで追いつめられるなど苦戦を強いられたが、9月に国連軍司令官を兼ねたマッカーサーの指揮による仁川上陸作戦がみごとに成功し、ソウルの奪還を果たした。

 勢いづいた国連軍は、続いて日本海側の元山への上陸も企図した。その際に大きな障害となったのが、北朝鮮が海上に敷設したソ連製の機雷だった。機雷は艦船に接触して爆発する。そのため、上陸作戦における重大な脅威だった。

 そこで米軍が白羽の矢を立てたのが日本だった。敗戦の時点で、日本近海には戦時中に敷設された機雷が多数残されていた。日本は旧海軍の人材も活用しつつ、その撤去作業にあたっており、実績ある掃海部隊を有していた。そのため朝鮮沿岸での掃海も要請されたのである。

 もっとも、今回の任務は戦後処理ではない。戦闘が行われている海域への派遣だ。憲法九条との兼ね合いも考えなければならない。それでも当時は講和条約の締結が重要課題となっており、米国からの要請を無下にすることも得策ではなかった。

 最終的に、吉田茂首相が掃海部隊の派遣を決断した。ただし、国内外に余計な波紋を広げないように、派遣は極秘裏に行うことになった。

吉田茂は外交官出身 Ⓒ時事通信社

 こうして同年10月、特別掃海隊が編成され、山口県の下関港より朝鮮沿岸へと密かに出動した。当時、掃海部隊は海上保安庁の所属だったため、隊員たちは同庁の職員だった。派遣先は元山にとどまらず、黄海側の群山、海州、鎮南浦にも及んだ。秋から冬にかけての荒天のなかで作業は難航し、任務は危険と背中合わせだった。

 案の定、10月17日、元山沖で掃海艇MS14号が機雷に触れて爆発し、1名が死亡、18名が重軽傷を負う事故が起きた。また、死傷者はいなかったものの、同月には別の掃海艇が群山沖で座礁した。

 このとき犠牲となったのが、当時21歳の中谷坂太郎だった。国家の命により、戦争にともなう掃海任務に従事して、そのさなかに命を失った。戦後日本の出発点を考えるうえで、看過してはならないできごとである。

「瀬戸内海で殉職」と箝口令

 にもかかわらず、中谷の死は長らく公にされてこなかった。政治的にきわめて厄介な問題を含んでいたため、伏せられていたからだった。

 事故から数日後、瀬戸内海に浮かぶ山口県屋代島にある中谷の実家を米兵が訪れた。そして家族にその死を告げたあと、「朝鮮戦争で殉職したことが公になると、国際問題になりかねない。瀬戸内海での掃海中に殉職したと受け止めてほしい」と口止めしたという(「『平和憲法下の戦死、二度と出さないで』朝鮮戦争出動隊員の遺族」『朝日新聞』1990年11月5日夕刊)。

 兄の中谷藤市は、このできごとについて複数の証言を残している。ただし、その内容には細かな違いがある。

 実家を訪ねたのは、米軍将校に通訳、海上保安庁職員であり、「日本は憲法で戦争放棄をうたっている。もし、これが公になったら国際問題になる」と、憲法九条を引き合いに出してきたというものもある(「シリーズ戦争と人間 第9部〈極秘裏の掃海隊〉(10)弟の死 米軍将校が口止め」『神戸新聞』2016年12月20日朝刊)。

 ただ、「瀬戸内海での殉職」ということにしてほしいと求められた点は、おおむね一致している。証言に揺れが見られるのは、長らく公に語ることができなかった影響もあるのだろう。

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source : 文藝春秋 2026年6月号

genre : ニュース 政治 昭和史