家制度解体がもたらした自由
戦前の日本には、家制度と呼ばれるものがあった。選択的夫婦別姓導入の是非をめぐる現在の議論にも微妙に影を落とす制度なのだが、すでに廃止されてから80年近い歳月がたっており、いまではどんなものだったのか具体的に思い描くことさえ困難になっている。
かつては父親が大きな力をもっていた。そんなイメージぐらいはなんとなく共有されているかもしれない。1898(明治31)年に施行された明治民法では、家長である戸主に戸主権というものが明確に定められていた。
戸主は家の統率者として、家族の婚姻や養子縁組に同意する権利をもち、さらに家族の居住地を指定することまでできた。戸主の意向に反して結婚したり、住む場所を勝手に決めたりすることも不可能ではなかったが、その場合、戸主は当人を家から追い出すことができた。これを離籍という。社会保障が十分ではなかった当時、離籍は生活の基盤を失うことを意味し、ときに強い抑止力として働いた。
この戸主は原則として男性が務めた。既婚女性は夫の許可なしに財産処分などの法律行為を行うことができず、著しく不利な立場におかれていた。そして戸主の地位は家督相続によって、基本的には嫡子である長男へと引き継がれる仕組みになっていた。
このように戸主の権限が強いと、その支配が及ぶ範囲をはっきりさせておく必要性がでてくる。そこで用いられたのが戸籍だった。戸籍に記されたひとびとは同じ氏(姓)を名乗り、その家の構成員=家族として戸主の統率のもとにおかれることになった。
しかも、その範囲は現在よりもずっと広かった。今日の戸籍は夫婦と未婚の子を単位としており、孫の世代を同じ戸籍に入れることができない。ところが当時はそのような制限はなく、戸主のもとに父母や兄弟姉妹、子孫など、多くのものが家族として記載されることも珍しくなかった。父母が含まれるのは、父が隠居すれば子が戸主となり、父であっても新しい戸主の統率に服することになっていたからだった。
このような仕組みが、家制度と呼ばれるものだったのである。
「家族国家」としての大日本帝国
なぜ家制度は設けられたのだろうか。ひとつには、行政機構がまだ十分に整っていなかった時代、家を通じて個々の国民を管理しようとしたという実務的な理由があった。
しかし、それだけではない。その背景には、日本は家族国家であるという独特の国家観があった。日本では社会の基本単位は個人ではなく家であり、その構造こそが、天皇を中心とする日本固有の国家のあり方(国体)を支えていると考えられていたのである。
そこでは、日本は無数の家が集まってできた国家とみなされた。そして、その宗家にあたるのが天皇家だとされた。個々の家では戸主が家族を統率し、日本全体では天皇が臣民を統率する。そんな入れ子構造として理解されていたのだ。
当時の日本では、万世一系の天皇をいただくことが国の公式見解だった。他国では王朝が交替してきたのに、日本では建国以来それがない。神武天皇から男系男子の血筋が今日まで連なっている。その理由は、つねに臣民が天皇に忠義を尽くしてきたからにほかならない。ということは個々の家では代々、祖先が子孫に「お前も忠臣であれ」と教えてきたことになる。それゆえに、日本では天皇への忠義がそのまま親への孝行にも通じる。この忠孝一致は日本だけがもつ美徳と説かれた。
日中戦争直前の1937(昭和12)年3月、文部省が刊行した有名な冊子『国体の本義』は、その思想を端的に示している(傍点は引用者)。
大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の国体である。而してこの大義に基づき、一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が国体の精華とするところである。
万世一系の皇統と忠孝一致の美徳は、天皇と個人だけで成り立つものではない。そのあいだに家という中間共同体があってはじめて盤石なものになる。そう考えられていたために、戦前の日本では家がことさらに重視されていたのだった。
選択的夫婦別姓問題の原因
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