資金繰りのため全私財を売却

熊谷 正寿 GMOインターネットグループ グループ代表

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 私の人生は失敗だらけで、何を最大の失敗とするか悩ましいのですが、最も多くの時間――それも40代という一番パワーのある時期の貴重な時間を失ったという意味で、2005年のローン・クレジット事業への進出は、非常に痛い経験でした。

 1991年、私は27歳で起業し、手作りの電話会議装置の販売を始めました。それまでは父の会社で、経営が傾きかけたパチンコ店を立て直すなど、家業を手伝っていたのですが、息子を甘やかさないという父の方針で給料は安く、生活は苦しかった。このままではいけないと思い、「何かの分野でナンバーワンの事業家になる」という夢を掲げ、独立を決意したのです。

熊谷正寿氏(筆者提供)

 電話会議装置はヒットし、そこで得た資金を元手に95年、インターネット事業に参入しました。事業は順調に拡大し、99年には独立系インターネットベンチャーとして初めてジャスダックへの上場を果たしました。インターネット黎明期の時代の波にも乗り、会社は2004年に東証二部、その翌年には東証一部に上場しました。

 この頃、私は焦っていました。05年までの1年間、我々は上場審査のため、新しく大きなチャレンジをすることができずにいたからです。しかし世の中はIT革命のまっただ中。私と同じような志を持ったIT系企業の経営者たちが次々に大きな挑戦をし、成功を収めていました。彼らの躍進を、私はただ羨ましく見ているしかなかったのです。

 そこで、05年6月に東証一部に上場するや、抑えていた情熱を一気に新規事業へと向けました。まず目をつけたのが金融事業です。さらなる拡大のため、ローン・クレジット事業に進出し、消費者金融会社のオリエント信販を270億円で買収しました。

 耳を疑う話が飛び込んできたのは、その約1年後のことでした。当時、利息制限法の上限金利を上回る「グレーゾーン金利」について、最高裁が違法との判決を下し、業者は過払い金請求に備えて引当金を積まなければいけなくなっていました。ここまでは買収時から想定していたのですが、驚いたのは引き当ての期間です。日本公認会計士協会の会計基準改定により、我々は買収してから1年しか経っていないにもかかわらず、過去10年分も遡って引当金を計上するよう迫られたのです。引当金等の金額は300億円にのぼり、自己資本比率は買収前の49.6%から0.5%にまで急落しました。債務超過に陥れば、いずれ上場は廃止。コベナンツ(財務制限条項)にも抵触するため、いつ金融機関から借り入れ金の返済を求められてもおかしくない状況になってしまいます。まさに、黒字倒産の危機でした。

 追い詰められ、練炭自殺の夢を見たこともありましたが、一番辛かったのは若いパートナー(社員)の言葉でした。

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source : 文藝春秋 2026年5月号

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