ECは流行らないという思い込み

伊藤 将雄 ユーザーローカル社長

NEW

ビジネス 企業 働き方 ライフスタイル

 僕は就職氷河期が始まって間もない1997年に大学を卒業して、日経BPに入社し、同年に創刊された「日経WindowsNT」というコンピュータ雑誌に配属され、記者・編集者として働いていました。95年にウィンドウズ95が発売され、僕はプログラムを組んだり、自作PCを作るぐらいにはコンピュータに親しんでいたので、これからIT業界が成長するだろう、という予感は漠然と抱いていました。でも、インターネットをやっている人は一部でしたし、EC(電子商取引)に至っては、まだまだ普及するはずがない、というのが常識でした。

 ところが1999年、僕はその認識を大きく揺るがされる体験をします。その年、僕は会社の同期数人と休暇を取って沖縄旅行に出かけました。那覇で泡盛のお店に入ったら、店主が「実はうち、最近ネット通販をやり始めたんだよ」と言い始めた。都内のお店で流行に敏感な若者が店主だったら、それほど驚かなかったかもしれませんが、その店主はコンピュータとは縁がなさそうな普通の年配のおじさんです。僕はびっくりするあまり、どれぐらい売れているのか、どこから注文があるのかなどを根掘り葉掘り訊いてしまいました。すると、日本全国から注文が入っていて、めちゃめちゃ売れていた。そして、そのお店のネット通販台帳の表紙には、後に楽天となるエム・ディー・エムに入社していた僕の友だちの名前が書かれていました。彼がそのお店に営業をかけて、エム・ディー・エムが作った「楽天市場」に出店をしてもらっていたんです。

伊藤将雄氏 Ⓒ文藝春秋

 当時は電子マネーがまだ普及していない、試着や試食ができない、日本ではリアル店舗が行き渡っていて、ネット通販を使う必要がない、といったことが「ECは流行らない」理由として語られていました。しかし、沖縄での体験を経て目が覚めました。

 このときまで「ECは流行らない」という先入観を信じ込んでいたこと。これが僕の失敗です。僕は学生時代に「みんなの就職活動日記」という就活口コミサイトを開発し、軌道に乗せていたので、もっと早く自分の先入観の間違いに気づけていたら、就職活動をやめて、卒業と同時に起業をしていたかもしれません。

三木谷さんからの誘い

 僕は沖縄から東京に戻るやいなや、その友だちに「一度、エム・ディー・エムを見学させてくれ」とお願いして、当時、祐天寺にあった会社を訪ねました。まだ起業されて2年しか経っていなかったので、小さな会社で働いている人も数十人しかいなかった。そこで三木谷浩史さんに会ったら、「これからはECが確実に来るから、こっちの世界に来なよ」と誘われました。そこで半年ぐらい考えて、楽天に入社しました。最初に担当した仕事は、携帯電話で利用できる「楽天市場」を作ること。当時はまだ携帯といえば、ガラケー。通信速度は遅いし、画面も白黒。ネット使用料も高かった。だから、絶対に流行らないと思ったのですが、自分の先入観が崩された沖縄での体験を思い出して、無我夢中で作りました。最初は全然使われませんでしたが、その後は急成長していきました。

 沖縄に行くまでの思い込みは、他人にとっては小さな失敗でしょうが、僕にとっては最大の糧を与えてくれるものでした。それから自分の先入観や通説を常に疑うようになったのです。それは2007年にユーザーローカルを起業してからも変わりません。公的機関や民間企業のHPにユーザーの質問に答えてくれるAIチャットボットを提供するビジネスを始められたのも、「量子コンピュータが出来て、飛躍的に計算速度が上がらなければ、AIの性能は上がらない」という10年ぐらい前の通説を疑い、AIの可能性にいち早く気づけたからです。

 でも、実は経営者の間で昔からよく言われているのは、「失敗よりも成功から学べ」ということ。選択肢が膨大にあるときには、失敗して、それを一つ潰せたとしても、全体の選択肢から見れば、ごく一部でしかありません。失敗した以外の方法で成功できる保証はどこにもない。選択肢が多い環境では、むしろ成功を見習い、その勝ち筋を模倣した方が近道なのです。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2026年5月号

genre : ビジネス 企業 働き方 ライフスタイル