豊臣兄弟の謎

短期集中連載 秀吉と秀長 第1回

磯田 道史 歴史学者
ライフ 社会 政治 経済 働き方 歴史

天下人と最良の補佐役はどこで生まれ、どのように育ったのか?

 2026年のNHK大河ドラマのタイトルは『豊臣兄弟!』。主人公は豊臣秀吉の弟、豊臣秀長です。一般に、秀長といえば天下人に登りつめた兄を補佐する誠実で温厚な常識人のイメージでしょう。兄秀吉の強烈すぎる個性もあり、秀長には、影の存在の印象があります。

 しかし、「弟が兄を補佐する」姿は、戦国時代、自明のものではありません。織田信長の弟、信行は、兄と争い、抗争の末に謀殺されています。戦国時代の兄弟は血で血を洗うライバルにもなりえたのです。

 秀吉は人の能力の見積もりにたけ、要求水準も高いのです。弟でも安泰ではない中、秀長は、秀吉「代理」に起用され続け、時には大軍勢を率いて合戦に臨んでもいます。結果を出し続けたのです。秀吉・秀長の兄弟関係を現代の常識のメガネを一度外して検証していきましょう。

無から有を作り出した

 豊臣兄弟は、いわば「セミの兄弟」です。その前半生は、地中で過ごしていたかのように、古文書に姿を現しません。彼らが書状など同時代の確実な史料に本格的に登場するのは、30代を過ぎてからです。

 秀吉は無から有を作り出した男です。裸一貫から天下人となり、この国を支配した人物は、日本史上、稀です。戦国の下剋上でも身分のない者はのし上がりにくい日本です。織田信長は父が戦国大名。徳川家康も、祖父も父も三河で有名な大名です。足利尊氏も父祖が全国的に名門とされた鎌倉御家人でした。

豊臣秀吉

 日本での「支配の正当性」の根拠は長らく家柄でした。ただ黒船が来ると、もう身分では戦えません。西洋化、工業化、富国強兵には翻訳と計算が必要です。生きた翻訳機・計算機を選ぶような入試問題を作り、合格者に地位を与える学歴身分制をはじめたのです。明治末から大正期以降、帝国大学や陸海軍の士官学校を出た人が地位を占めていきました。学問ができれば得をする、出世できるとなったので、日本中の民が必死で学問をし、明治から高度成長までの勃興が生じました。この時代は食堂でさえ、役員・正職員(学歴者)・雇員(無学歴)とわかれ、学歴が反映されていました。学歴下剋上の時代です。算盤や帳簿つけが上手だった人の子孫が多く良い学歴になりました。江戸期に識字率が高かった地主・商家・医者・下級武士の子や孫です。彼らは江戸時代は支配層から下に見られていましたが、学歴社会の到来で恩恵をうけました。

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source : 文藝春秋 2025年10月号

genre : ライフ 社会 政治 経済 働き方 歴史